スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上記事の更新がないブログに表示されます。
新しい記事を書くことで、こちらの広告の表示を消すことができます。  

Posted by ミリタリーブログ  at 

2009年06月28日

米軍OPFOR(仮想敵部隊)用ヘルメット

 こんばんは。ビッキー池田です。今回は米陸軍のOPFOR(Opposing Force : 仮想敵部隊)用のヘルメットについて紹介します。


 冷戦期の米軍の第一の仮想敵国はもちろんソ連でした。そこで米陸軍はソ連陸軍の戦術などを研究し、それを取り入れた部隊を演習の際に敵役として使うことにしました。それがOPFORです。冷戦終結後もロシア軍やテロリストなどを意識したOPFORが演習で使われ続けました。そして、OPFORでは徽章の付け方が普通の米陸軍部隊と違い、他の部隊と違う装備が使用されることがあります。その1つがヘルメットです。






 OPFORについては情報が少ないので推測になるのですが、このヘルメットは冷戦期に使われていたものと思われます。ソ連軍のSsh-40やSsh-60ヘルメットを意識したデザインです。素材は安っぽいプラスチックで、普通のM1ヘルメットのライナーを取り付けて使用します。



 ライナーを固定するこのパーツの金具がコレクターとしては曲者です。この金具のおかげでライナーの塗装がはげてしまいます。ちなみにこれと同じ仕様でもっと深い緑色のヘルメットもあるようです。


 このタイプのヘルメットの年代ですが・・・。

 50年代の写真ではこのようなタイプのヘルメットを使用しており、



 80年代以降はベレーの使用が主なので、今回紹介したSsh-40型のヘルメットは60~70年代のものと推測しています。
 

 以下の記事も参考にどうぞ。
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その1
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その2
米軍OPFORの階級章(80年代以降)


人気ブログランキングへ  


Posted by ビッキー池田  at 19:10Comments(2)ヘルメット類

2009年06月21日

ホンジュラス軍派遣米軍軍事顧問のジャケット

 こんにちは。ビッキー池田です。今回はホンジュラス軍に派遣された軍事顧問が使用していたと思われるジャケットを紹介します。

 ホンジュラスやエルサルバドルには多くの軍事顧問が派遣されていました。彼らは公式には戦闘に参加しないことになっていたようですが、実際には反政府組織との戦闘に参加していたものと思われます。ベトナム戦争において軍事顧問が南ベトナム軍の服に米軍の徽章を付けて使っていたのは有名ですが、今回紹介するジャケットもそれと同様に軍事顧問がホンジュラス軍の服に米軍の徽章を付けているもののようです。


 現在ホンジュラス軍はウッドランドBDUを使っているようですが、これはそれ以前に使用されていたホンジュラス軍のジャケットと思われます。胸ポケットが斜めについています。袖のボタンはBDUより少なく2つずつです。迷彩パターンや彩色はウッドランドやブラウンリーフに近いですが、若干違います。


 ウェストアジャスター付きです。


 HONDURASと書かれたテープはホンジュラス軍でも使われていたものかと思います。ポケットに付けたパッチはホンジュラス陸軍の第2空挺大隊の配下の部隊のものと推測されますが、定かではありません。ホンジュラスのテープの上には戦闘降下章、その上には戦闘歩兵章が付いています。左袖には第2レンジャー大隊のSSIが付いていて、その上にはPARACIDISTAと書かれたスクロール型パッチです。PARADIDISTAとはスペイン語でパラシュート部隊や空挺部隊といった意味になります。このパッチとポケットのパッチは現地製と思われますが、不明です。


 ポケットのフラップのすぐ上のパッチは米海軍・海兵隊の降下章です。その上の2つについては分かりませんが、フランス軍の降下章なのでしょうか。真ん中のものはパナマ軍の降下章と判明しました。1番上のものもパナマ軍の降下章かと思います。右袖には第82空挺師団のSSIとAIRBORNEタブが2つついていており、上側のAIRBORNEタブは現地製と思われますが、不明です。第82空挺師団で実戦経験有りで、実戦降下の経験有りということはおそらくグレナダ侵攻時に降下したのだと思われます。また、両襟に准将の金属製階級章がついていますが、官給品ではないようです。その他の徽章は官給品で、SSIとエアボーンタブはやはりメロウエッジタイプになります。


 なお、このようにポケットフラップは全てボタン1つでとめるようになっています。使われているボタンは米軍のBDUなどのものより平べったい感じです。


人気ブログランキングへ  


Posted by ビッキー池田  at 00:12Comments(0)衣類

2009年06月14日

ダックハンター関係の記事についてお知らせ

 こんにちは。ビッキー池田です。

 ダックハンター関連の記事を全て書き直すことにしました。迷彩パターンなどの考察が大きく不足していたためです。コメントをくださった方々、大変申し訳ありません。貴重な情報もコメントに含まれていたので、以下にそれらのコメントを載せておきます。

------------------------------------------------------------------------------
はじめまして某板からやってきました。

ダックについても奥深い物です。
確かにある意味タイガーより種類が多いかもしれません。

さて、色の違いについて少しカキコさせてください。
当方、染色関係に務めていたことがあります。
東海地方ではかなりの老舗?で、
マッ○ュのタイガー(2種共)染め上げました。
ナム戦当時、染色されてた方々も現役で働いておられて、
興味をそそるおはなしが・・・。

ナム戦当時
①色については、色目見本(ピッチ)はあったが、
忠実には再現できなかった。
それは、ある程度妥協した色目で生産されていた。
(緑なら見本と違う緑でも、OK!緑に見えたら良い程度)
②当時の染色技術では、今に比べ堅牢度(摩擦、日光、洗濯、汗等)
が低く色落ちがひどい。(JIS規格等は関係ない)
③現在に比べ、色を作る技術が発達してなく、
作成者によりまちまちの色が出来た。(手作り)

現在では
①CP化が進みピッチにあった色が確実に再現。
(同種の染物の注文が来ても、同じいろが作れる。)
②JIS規格等により、ある一定の堅牢度を保たないと、
製品にならない状況。
③CP化により誰が作っても同じ色が再現できる。(機械化)

よって、マッ○ュが復刻版を出した当初、
大阪の店長が色落ちが少ないと嘆いていましたが、
「当時と、堅牢度は格段の違いが有るから仕方ないですよ。」
と言ってやりました。(JIS規格の問題です)

当時、リップ、ポプリンのOD色(無地染め)
同じく、リップ、ポプリンのリーフもそめていました。
(今では考えられませんが、米軍正規用、特需ですね。)
上の状況で当時の色が各Lotで違ってしまうのがお分かりでしょうか?
(合わす事も無く、そこまで要求されていないから)

リーフに関して言うなら、プリントする順番で、色のボケた状況になります。
専門的ですが、本来、色の濃い物から、薄い物の順で、
プリントします。
染色技術者の感で行っている部分ですので、
順番によりボケてしまいます。

極論から言えば、上下の色や、プリント状態が違うほうが、
よりリアルな状況なのです。
(上下同色、同パターンの方が、非現実的)

当時の1Lot単位が3000m~5000mとの事で、
おおよそ2.5mの幅使用で1着できると思いますが、
確率的には、上下同じ色目は完全にムリですよね。
(その量のLotで年間何回も注文が来ていた。)

それに加え、ダック、タイガー等は、各国のローカルプリントも、
あるので、大変な話ではないでしょうか?

ちなみに、マッ○ュのタイガーは、2~3回注文があり、
初回こそ堅牢度が良かったですが、
後での注文分は、JIS規格を無視したプリントを行い、
堅牢度を多少落としました。
しかし、CP化された機械で作った色のりを使用したので、
色目に関しては、ほぼ同色に出来た記憶が有ります。

当時の黒色は、赤、青、黄の三色を混ぜて作っていました。
(単色で黒と言う染料が有りませんでした。)
薬品量により、その青目がきつく残ったりしました。
何を言ってるかと言うとタイガーの黒の部分は、
染色上がりでは、黒く上がっていましたが、
薬品(アルカリ)の加減で堅牢度に色の違いが発生し、
紫っぽく変色、または紺色にもなりました。
当時、染色していた方々に聞いても、
今で言うゴールド、クラッシックと言う、
「2種類を作ったことがない」とのことでした。

「2種類作る意味があるのか?」とも言われました。
(マッ○ュのプリントを2種類行った時に話しましたが。)
恐らくアルカリ残量の違いと、堅牢度が関係していると思います。
(全体的な変色の為、アルカリ残量での変色が濃厚)

縞の型は、各工場で作っていたので、パターンの違いも発生します。
ダックも同じでしょう。
(当時染色工場は、日本に無数にありましたが、今では無くなっています。
マッ○ュの店長いわく、当時染めていた会社がことごとく無くなり、
見つけるのに苦労したと、言ってました。)

極端に珍しい柄(パターン)の品物は、やはり製造量(Lot量)
が少なかったと考えられます。
(そのパターンを使用する会社への注文が少なかった。)

自A隊の迷彩もやっていましたが、米軍のプリント(ミルスッペック)より、
上の堅牢度をすべての生地に対して要求されています。
経費削減と思われます。


長文失礼しました。

ではまた。
Posted by 通りすがり at 2008年08月31日 14:04
------------------------------------------------------------------------------

 はじめまして。貴重な情報ありがとうございます。衣類の製造過程に関する情報はほとんど聞かないのでとても参考になります。

>色落ちがひどい
 あまり染色については詳しくないのですが、けっこう最近までそうだったようですね。84年ごろまで生産されていた初期型のBDU(ウェストアジャスターのないもの)は黒の色落ちが激しいと聞きます。その頃のM1ボディアーマーを見ましても、黒色だけ極端に色落ちしているものがよくあります。

>専門的ですが、本来、色の濃い物から、薄い物の順で、プリントします。
 なるほど。そのため、リーフパターンなどで時折プリントのずれたものがあるのですね。

>当時と、堅牢度は格段の違いが有るから仕方ない
 タイガーストライプなど古いものはどれだけできのいい復刻品でも染料の違いがあり、なかなかいい色落ち具合にはならないということですね。今後のコレクション収集の際の参考になります。

>上下同色、同パターンの方が、非現実的
 確かにそうなりますね。しかし、状態の違いなどではなく、上下でまったく違うもの(例えば、4色仕様のパターンと5色仕様のパターン)を着ているケースですと少ないようです。単純にトラウザーズの方がだめになるのが早いので、トラウザーズだけかえるということもあるようです。

>極端に珍しい柄
 タイガーですと、資料が豊富ですので何が貴重かわかるものの、ダックハンターの場合は何が貴重かもわからないという現状です・・・。


 本当に貴重な情報ありがとうございました。まだまだコレクションも知識も少ないので参考になります。今後もなるべく頻繁に更新していきますので、またいらっしゃってください。資料がありふれているものよりはマイナーなもの、かなり普通に出回っていても細かい違いなどについての情報が少ないものなどを優先して紹介していく予定です。
Posted by ビッキー池田 at 2008年08月31日 22:29
------------------------------------------------------------------------------

どうも!
恐縮です。

さて、ボディーアーマーの件。
ナイロン装備の染色は、顔料と言って、
綿等に染色する反応染料とは違い、
堅牢度が極端に低い物でした。
パーカー等、おっしゃるとおり黒は、
非常に悪いものです。

恐らく今もそうです。

復刻の件。
日本でプリントされた物は、色落ちしにくいだけで、
中○商店の様な韓国??プリント品は恐らく、
当時の染色技術で色落ちは多大に発生します。

う~!奥深いですね。
Posted by 通りすがり at 2008年08月31日 23:11
------------------------------------------------------------------------------

 こんばんは。またまた情報ありがとうございます。

>ナイロン装備の染色
 初歩的なことのようですが、ナイロンとコットンで染料が違うのも初めて知りました。考えてみれば、ODと呼ばれるものでもコットン装備のM1956装備とナイロン装備のM1967装備でまったく色が違いますね。

 ALICE装備や後期型の2QTキャンティーンポーチは70年代から80年代のものと最近のものでかなり色が違うのは色が変更になったためだと思っていましたが、ナイロンの染料は堅牢度が極端に低いとのことですので、本来は同じ色で色落ちしただけなのでしょうか。1番身近なALICE装備までもが細かく見ると興味深いアイテムですね。・・・最近の最新装備にばかり眼が行く若いゲーマーにはあまり身近なアイテムでもないようですが。

>当時の染色技術で色落ちは多大に発生します
 あ~、なるほど。ぱっと見には違いがなくても生産国によって復刻品の染色が違うわけですね。

 ・・・しかし、自分は実物主義者なので、復刻品にはあまり興味がなかったりします。タイガーストライプは人気のあるゴールドタイガーのレプリカを買うより、人気が低くて使用例が少なかったものの安く実物が入手可能なシャドウタイガー(タイランドタイガーやナイトタイガーとも呼ばれるタイのもの)を選びます。

 それでも、WWII物で特別貴重なもの(M42空挺服など)はレプリカを買うしかないかと思い始めてはいます。うまく色落ちするとのことですので、そのときは海外製を選ぼうと思います。
Posted by ビッキー池田 at 2008年09月01日 00:13
------------------------------------------------------------------------------

こんばんは。

ナイロンの色落ちの件。

ライトウェイト等のストラップですが、
カーキっぽくなっていませんか?
しかし、中にはグリーンの物もありませんか?

これが、Lot違いの状況です。
本来グリーンで染め上げています。

実は、当方所持のリュックも、
家において変色してしまいました。  泣!
Posted by 通りすがり at 2008年09月01日 00:28
------------------------------------------------------------------------------

 なるほど。そう言われてみますとそうですね。ナイロンの装備品の場合パーツごとにばらばらに集めると大変なことになりそうですね。

 ちなみにライトウェイトリュックサックはまだ保有しておりません・・・。完品のを買おうとするとやっぱり高いんですよ!しかも5種類ほどバリエーションがありますし。
Posted by ビッキー池田 at 2008年09月01日 01:46
------------------------------------------------------------------------------

個人的にダックハンター(黄色っぽい彩色)とリーフ(緑系)、タイガー(白混じり黒混じり)と、全く色彩が異なるように思ってるんですが、ベトナムでは迷彩効果はおのおのあったんでしょうか。
Posted by 予備レンジャー at 2009年05月25日 03:57
------------------------------------------------------------------------------

 度々の訪問ありがとうございます。

 リーフパターンは基本的に迷彩効果が高かったようですが、タイガーストライプパターンやダックハンターパターンはあまり高くなかったようです。ダックハンターと一言で言いましても、色が様々で茶色っぽい彩色や緑っぽい彩色などもあります。タイガーストライプも同様に青っぽい彩色や緑っぽい彩色など様々な種類があるわけですが、基本的に茶色系や黒系の迷彩はベトナムでは効果が薄かったようです。

 また、彩色だけでなく、迷彩の柄的にダックハンターやタイガーストライプの効果が薄かったとも考えられます。ナム戦中期のグリーンベレーはタイガーストライプよりTCUを好んでいるので、もしかするとタイガーストライプやダックハンターよりもOD(OG-107)単色の方が目立たないのかもしれません。
Posted by ビッキー池田 at 2009年05月25日 19:21




 以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット ドレスシャツ型のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのツナギ その1
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンター迷彩の帽子(ローカルメイド、民生品等) その1


人気ブログランキングへ  


Posted by ビッキー池田  at 14:06Comments(0)その他

2009年06月14日

ダックハンターの迷彩パターン考察

 こんばんは。ビッキー池田です。今回はベトナム戦争頃のローカルメイドや民生品のダックハンター迷彩の衣類について紹介します。いろいろと情報が不足していたので、過去に書いたダックハンター関係の記事は1度消して、また書き直すことにしました。よって、まずは基本的なダックハンターの迷彩パターン(模様)について考えてみようと思います。確定情報だけでなく、推測も多く含まれるのでご注意ください。

 というわけで、民生品やローカルメイドのダックハンター迷彩の先祖について考えてみようと思います。先祖はやはり1942年に米軍で採用されたフロッグスキンパターンです。WWII時に登場した迷彩パターンのパラシュートの迷彩もダックハンター迷彩の一種ですが、フロッグスキンパターンの5色(茶色系のパターンは3色)に対し、パラシュート生地の迷彩は3色しか使っていないので、後の民生品やローカルメイドのダックハンター迷彩の先祖となったのはフロッグスキンの方と考えられます。パラシュート生地の迷彩とフロッグスキンのどちらが先に登場したかは資料不足で分かりませんが、迷彩パターン自体は基本的に同じようなので、どちらかが先に採用された方を参考にしているのは間違いないでしょう。

 フロッグスキンのポンチョ生地(青っぽい方)とパラシュート生地(黄色っぽい方)の迷彩パターンの比較写真です。比較しやすいようにペイントでいくつか印を付けました。黒い印がついている模様は両方の生地で確認できる模様で、赤い印がついている模様は本来同じ模様と考えられるものの彩色の関係で別の模様になっている模様です。


 さて、次に1950年代初期にフロッグスキンを参考にKAMO社が民間向けのダックハンター迷彩の衣類を作りました。これが民生品ダックハンターの走りと考えられます。このKAMO社のものはベトナム戦争で米軍と南ベトナム軍によく使われたことで有名です。他にはピッグス湾事件で亡命キューバ人が着用していたのもKAMO社のものと考えられています。次の写真はピッグスワン事件時の亡命キューバ人の写真で、KAMO社のダックハンター迷彩もしくはそのコピー品を着ているようです。KAMO社のダックハンター迷彩の売り上げが良かったためか、Black Sheep社やKodiak King社でKAMO社のものをコピーした迷彩パターンのものが作られました。



 フロッグスキンパターンのポンチョ生地(左)とKAMO社のコピー品の生地(右)の比較です。彩色はポンチョ生地との比較ということもありまったく違いますが、迷彩パターンはほとんど違いがありません。


 そして、KAMO社の完全なコピーの迷彩パターン以外に彩色を変更したものや柄を簡略化したもの、柄を少し変えたものが作られました。これらのコピー品やアレンジ品にはアメリカ国内で生産されてアメリカのメーカーが販売したもの以外に日本、香港などアジアで生産したものをアメリカのメーカーが販売していたものもあったのではと考えられます。

 KAMO社のコピー品の生地(右)とそれを簡略化したものの生地(左)の比較です。同じ色の印の部分がKAMO社のものを参考にアレンジしたと思われる柄の例です。その中で黒い印の柄ですが、KAMO社のコピー品では2色が重なっているのに、簡略化したものでは内側の色が省略されています。当時このような柄は2枚の版を重ねてプリントしなければならず、面倒だったので省略されたようです。


 KAMO社のコピー品の生地(左)と彩色を変更したものの生地(右)の比較です。KAMO社のコピー品では5色使われているのに対して彩色を変更したものでは4色しか使っていません。しかし、柄はほぼ完全に同じです。


 そして、KAMO社のアレンジ品を参考に更にアレンジしたりすれば、KAMO社のものとは大きく違うものになります。そのようにして有名なベオガムパターンなどKAMO社のものと大きく柄の違うものが登場していったのだと思います。ベオガムパターンについてはコレクションがなくて比較写真を載せられないので、KAMO社のコピー品の生地(左)とKAMO社とまったくパターンの違う生地(右)の比較写真を載せてみます。


 ちなみに、自分は持っていませんが、フロッグスキンパターンの完全なコピーも民生品やローカルメイドで作られていたようです。これについては米軍のものではなく、フランス軍がインドシナ戦争時に持ち込んだものを現地でコピーした可能性があります。また、フランス軍が持ち込んだフロッグスキンを現地でアレンジしたパターンもあったかもしれません。


 今回は生地の比較のみで、ちゃんとコレクションの紹介もできていませんし、参考になる写真もあまり挙げられませんでしたが、次回以降はコレクション紹介とナム戦時の使用写真をたくさん載せていこうと思います。

 最後になりましたが、コレクターのM.C.YASUDA氏から多数情報を頂いたので今回の記事を書くことができました。今回執筆した内用の多くは彼から頂いた情報がもとになっています。ご協力ありがとうございました。


 以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ドレスシャツ型のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのツナギ その1
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンター迷彩の帽子(ローカルメイド、民生品等) その1


人気ブログランキングへ  


Posted by ビッキー池田  at 13:52Comments(0)衣類

2009年06月07日

米軍2バックル式ジャングルブーツ

 こんにちは。ビッキー池田です。今回は米軍の旧型のジャングルブーツについて紹介しようと思います。旧型のジャングルブーツというと、タビブーツなどと呼ばれる太平洋戦争時のODキャンバス生地製ジャングルブーツを思い浮かべる人が多いかと思いますが、今回するのはそれより後に採用されたバックル式のものです。


 太平洋戦争が始まり、熱帯地域では従来のサービスシューズは蒸れて暑かったようで、熱帯用のブーツの開発が始まりました。そして、開発されたのが、上記のODキャンバス生地製のジャングルブーツです。遅くとも1942年からは生産されていたようですが、資料不足で分かりません。

 分かりにくいですが、革を一切使っていないブーツで、アイレット(ハトメ)とホックを併用しています。ソールの違いなどで何種類かバリエーションがあるようで、陸軍と海兵隊の両方で使われたようです。このタイプのブーツを自分は持っていませんし、資料も不足しているので、このタイプに関しては今回これ以上説明しません。

 さて、革を使わないのはやはり強度的に問題があったのか、1942年中にはバックル式で革とキャンバス生地を混用したタイプのジャングルブーツが試作されました。このタイプはM43コンバットブーツとは違い、バックルが3つずつありました。少なくともソールのバリエーションは2種類はあったようです。その後、1944年にバックルが2つずつのジャングルブーツが完成し、採用されました。1943年に採用されたM43コンバットブーツと大変作りが似ていて、M43コンバットブーツを参考に前述の試作ブーツを改良したのだと思われます。1945年から配備が始まったようですが、太平洋戦争には間に合わなかったようで、使用が確認できるのはベトナム戦争からです。1965年ごろまでは使用が確認できますが、使用率は高くはなかったようであまり写真は多くありません。沖縄からベトナムへ派遣された軍事顧問が使用していたため、海外のコレクターには沖縄ブーツと呼ばれることがあります。バリエーションとしては若干ソールが違うタイプを確認しました。



 ミッチェルパターンのジャケットを着た人はBDQ(南ベトナム軍レンジャー部隊)に派遣された第1特殊部隊群の隊員だと思われます。その右の人はリザードパターンもしくはブラッシュパターンの戦闘服を着ているのが興味深いところです。その次の写真の右端の方に少し写っている人がバックル式のブーツを履いていますが、M43コンバットブーツもベトナム戦争初期に使われていたのでジャングルブーツかM43かは判断しかねます。


 さて、それでは自分のコレクションのジャングルブーツを紹介します。残念ながら自分は1942年の試作タイプやソールが若干違うバリエーションは持っておらず、1足だけ入手に成功したのでそれを紹介します。日本では知名度が低いので海外より安く販売されるとはいえ、世界的にだいぶ数が少なくなっているようなのでこれ1足だけでもかなり入手は大変でした。これは1951年製です。





 M43コンバットブーツとの比較写真も載せておきます。






 最後になりましたが、以下のフォーラムで自分のコレクションとソールの違うタイプや試作タイプなどの写真があるので、良かったら参考にどうぞ。
http://www.usmilitariaforum.com/forums/index.php?showtopic=1110


人気ブログランキングへ  


Posted by ビッキー池田  at 01:07Comments(0)フットギア類