2010年03月20日
リーフパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
こんばんは。ビッキー池田です。今回はベトナム戦争時から1980年代初期頃までに作られたと思われるローカルメイドや民生品のリーフ迷彩の帽子について紹介します。
1960年代中期頃に南ベトナム軍ではパステルリーフ(ARVNレンジャーパターンとも呼ばれます)と呼ばれる迷彩が採用され、南ベトナム軍全軍共通の略帽である八角帽型のキャップ帽が採用されました。一方、1967年に米軍でリーフ迷彩のERDL(Engineer Research and Development Laboratory)戦闘服が採用され、その際にリーフ迷彩のブーニーハットが採用されます。米軍と南ベトナム軍でそれぞれリーフ迷彩は採用され、帽子も官給品で作られていたのですが、リーフ迷彩生地を使ったローカルメイドの帽子も官給品と共に使用されていました。

1968年3月のSEALsの写真で、ローカルメイドのリーフパターン(南ベトナム軍の初期のリーフパターンでしょうか)のベレーを被っています。彼が着ているタイガーストライプ迷彩のジャケットはTadpole Denceパターンでしょうか。

第101空挺師団のLRRPもしくはレンジャー隊員(パッチからして第58LRP F中隊でしょうか)の三等軍曹です。サブデュードの降下章(ベーシック)を縫い付けたローカルメイド品と思われるグリーンリーフパターンのブーニーハットを被っています。

グリーンベレーとモンタニヤードでしょうか。左のモンタニヤードらしいアジア人がローカルメイド品と思われるグリーンリーフパターンのベースボールキャップをかぶっています。

海兵隊のスナイパーです。2人ともローカルメイド品と思われるリーフパターンの八角帽を着用しています。米海兵隊と米海軍において八角帽は標準的な略帽でしたが、1970年代後期までリーフパターンの八角帽は官給品で存在しなかった上に生産数が少なかったようです。

1969年に撮影された写真です。南ベトナム軍の官給品かローカルメイド品かは分かりませんが、空挺部隊の軍事顧問(U.S. AIRBORNE ADVISOR, TEAM 162)がマスターの米軍降下章を縫い付けたリーフパターンの八角帽をかぶっています。右の南ベトナム軍中佐は南ベトナム軍降下章と階級章が付いたローカルメイドのベースボールキャップ型を使用しているようです。
さて、今回は自分のコレクションの八角帽2個とブーニーハット1個を紹介します。




こちらのローカルメイド品の八角帽には米軍のリップストップのグリーンリーフ生地が使用されています。米軍官給品の八角帽とは違い、側面に通気用のアイレット(ハトメの穴)がありません。また、どういうわけか内側には赤いナイロン製の生地が使われています。
続いて、もう1個の八角帽となります。こちらはノンリップのグリーンリーフ風の生地で作られた民生品です。海兵隊のマークが入っています。




PROPPER社製の民生品となります。ラベルにはOG-107とありますが、どう見ても色はOG-107ではありません。単純に米軍官給品のODの帽子の名称を真似ただけと思われます。推測ですが、この八角帽は1970年代から1980年代頃に海兵隊向けに作られて、PXなどで販売されていたのではないでしょうか。
最後にローカルメイド品と思われるブーニーハットです。アジア製と思われるリーフ系の迷彩生地が使われています。




ODのブーニーハットの名称を真似たのか、それとも本来はインセクトネットが付属していたのかは分かりませんが、名称が「HAT AND INSECT NET CAMOUFLAGE PATTERN 1 EACH TYPE II」となっています。コントラクトナンバーも書かれていますが、明らかに米軍官給品ではありません。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
米軍ERDLグリーンリーフジャケット改造品
1960年代中期頃に南ベトナム軍ではパステルリーフ(ARVNレンジャーパターンとも呼ばれます)と呼ばれる迷彩が採用され、南ベトナム軍全軍共通の略帽である八角帽型のキャップ帽が採用されました。一方、1967年に米軍でリーフ迷彩のERDL(Engineer Research and Development Laboratory)戦闘服が採用され、その際にリーフ迷彩のブーニーハットが採用されます。米軍と南ベトナム軍でそれぞれリーフ迷彩は採用され、帽子も官給品で作られていたのですが、リーフ迷彩生地を使ったローカルメイドの帽子も官給品と共に使用されていました。

1968年3月のSEALsの写真で、ローカルメイドのリーフパターン(南ベトナム軍の初期のリーフパターンでしょうか)のベレーを被っています。彼が着ているタイガーストライプ迷彩のジャケットはTadpole Denceパターンでしょうか。

第101空挺師団のLRRPもしくはレンジャー隊員(パッチからして第58LRP F中隊でしょうか)の三等軍曹です。サブデュードの降下章(ベーシック)を縫い付けたローカルメイド品と思われるグリーンリーフパターンのブーニーハットを被っています。

グリーンベレーとモンタニヤードでしょうか。左のモンタニヤードらしいアジア人がローカルメイド品と思われるグリーンリーフパターンのベースボールキャップをかぶっています。

海兵隊のスナイパーです。2人ともローカルメイド品と思われるリーフパターンの八角帽を着用しています。米海兵隊と米海軍において八角帽は標準的な略帽でしたが、1970年代後期までリーフパターンの八角帽は官給品で存在しなかった上に生産数が少なかったようです。

1969年に撮影された写真です。南ベトナム軍の官給品かローカルメイド品かは分かりませんが、空挺部隊の軍事顧問(U.S. AIRBORNE ADVISOR, TEAM 162)がマスターの米軍降下章を縫い付けたリーフパターンの八角帽をかぶっています。右の南ベトナム軍中佐は南ベトナム軍降下章と階級章が付いたローカルメイドのベースボールキャップ型を使用しているようです。
さて、今回は自分のコレクションの八角帽2個とブーニーハット1個を紹介します。
こちらのローカルメイド品の八角帽には米軍のリップストップのグリーンリーフ生地が使用されています。米軍官給品の八角帽とは違い、側面に通気用のアイレット(ハトメの穴)がありません。また、どういうわけか内側には赤いナイロン製の生地が使われています。
続いて、もう1個の八角帽となります。こちらはノンリップのグリーンリーフ風の生地で作られた民生品です。海兵隊のマークが入っています。
PROPPER社製の民生品となります。ラベルにはOG-107とありますが、どう見ても色はOG-107ではありません。単純に米軍官給品のODの帽子の名称を真似ただけと思われます。推測ですが、この八角帽は1970年代から1980年代頃に海兵隊向けに作られて、PXなどで販売されていたのではないでしょうか。
最後にローカルメイド品と思われるブーニーハットです。アジア製と思われるリーフ系の迷彩生地が使われています。

ODのブーニーハットの名称を真似たのか、それとも本来はインセクトネットが付属していたのかは分かりませんが、名称が「HAT AND INSECT NET CAMOUFLAGE PATTERN 1 EACH TYPE II」となっています。コントラクトナンバーも書かれていますが、明らかに米軍官給品ではありません。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
米軍ERDLグリーンリーフジャケット改造品
2010年03月15日
米軍スペシャルウォーフェアトラウザーズ
こんばんは。ビッキー池田です。今回はベトナム戦争時の米軍で試作されていたスペシャルウォーフェアパンツを紹介します。
スペシャルウォーフェアパンツは1960年代初期に米軍で試験された熱帯用の戦闘服です。これとあわせて着用されるスペシャルウォーフェアジャケットを入手してから、一緒に紹介しようと思っていたのですが、リクエストがあったので今回パンツだけで紹介することにしました。
1960年から米軍では熱帯用戦闘服の研究が始まります。このときT61-3、T64-4などと呼ばれるタイプのものが試作され、これらがスペシャルウォーフェアジャケット&トラウザーズとして試験採用されました。これらはベトナムへ送られて軍事顧問や特殊部隊に1965年ごろまで使用されたようです。しかし、1962年にジャングルファティーグの試作が始まったことを受けて、スペシャルウォーフェアジャケット&トラウザーズの開発と生産は終了しました。

こちらの写真で着用されているのはT61-3とされていますが、半袖に改造したユーティリティシャツと普通のユーティリティトラウザーズを着ているようにしか見えません。1964年の写真で、着用者はグリーンベレー所属とのことです。
M42エアボーンジャケットを参考にしたジャングルファティーグとは違い、スペシャルウォーフェアジャケット&トラウザーズは当時のOG-107ユーティリティユニフォームの1stタイプをかなり参考にしていました。今回紹介するスペシャルウォーフェアトラウザーズも一見普通のユーティリティトラウザーズなのですが・・・。



このように裾にドローコードが入っています。

もう1つの特徴がガスフラップと思われるトラウザーズ内側のパーツです。ガスフラップと「思われる」であって、ガスフラップと断定しない理由ですが、ウッドランド迷彩のBDUトラウザーズで夏季・熱帯用のリップストップ生地のモデルによく似たパーツがあるからです。ウッドランド迷彩のBDUでこのパーツがあるのはリップストップ生地のトラウザーズだけで、ジャケットやノンリップのトラウザーズには同様のパーツはないので、ガスフラップではないと思います。よって、スペシャルウォーフェアトラウザーズのこのパーツもガスフラップではなく、何か熱帯で使用するために考慮されたパーツかもしれません。

前合わせは5つボタンによるボタンフライとなっています。

1stタイプのユーティリティトラウザーズと同様にサイズ調整用のボタンタブが付いています。

サイズも1stタイプのユーティリティトラウザーズと同様にSMALL、MEDIUM、LARGEの3種類のようです。

ラベル表記のとおりコットンポプリン製となっています。名称が「TROUSERS, MEN’S, COTTON POPLIN, OLIVE GREEN 107 TYPE II, CLASS II」となっていますが、名前にSpecial_Warfareを含むものあるようです。
こちらの記事も参考にどうぞ。
米軍T53-1テストサンプルライトウェイトジャケット
米軍T54-4テストサンプルブッシュジャケット
米軍ライトウェイトジャケット&トラウザーズ
スペシャルウォーフェアパンツは1960年代初期に米軍で試験された熱帯用の戦闘服です。これとあわせて着用されるスペシャルウォーフェアジャケットを入手してから、一緒に紹介しようと思っていたのですが、リクエストがあったので今回パンツだけで紹介することにしました。
1960年から米軍では熱帯用戦闘服の研究が始まります。このときT61-3、T64-4などと呼ばれるタイプのものが試作され、これらがスペシャルウォーフェアジャケット&トラウザーズとして試験採用されました。これらはベトナムへ送られて軍事顧問や特殊部隊に1965年ごろまで使用されたようです。しかし、1962年にジャングルファティーグの試作が始まったことを受けて、スペシャルウォーフェアジャケット&トラウザーズの開発と生産は終了しました。

こちらの写真で着用されているのはT61-3とされていますが、半袖に改造したユーティリティシャツと普通のユーティリティトラウザーズを着ているようにしか見えません。1964年の写真で、着用者はグリーンベレー所属とのことです。
M42エアボーンジャケットを参考にしたジャングルファティーグとは違い、スペシャルウォーフェアジャケット&トラウザーズは当時のOG-107ユーティリティユニフォームの1stタイプをかなり参考にしていました。今回紹介するスペシャルウォーフェアトラウザーズも一見普通のユーティリティトラウザーズなのですが・・・。


このように裾にドローコードが入っています。
もう1つの特徴がガスフラップと思われるトラウザーズ内側のパーツです。ガスフラップと「思われる」であって、ガスフラップと断定しない理由ですが、ウッドランド迷彩のBDUトラウザーズで夏季・熱帯用のリップストップ生地のモデルによく似たパーツがあるからです。ウッドランド迷彩のBDUでこのパーツがあるのはリップストップ生地のトラウザーズだけで、ジャケットやノンリップのトラウザーズには同様のパーツはないので、ガスフラップではないと思います。よって、スペシャルウォーフェアトラウザーズのこのパーツもガスフラップではなく、何か熱帯で使用するために考慮されたパーツかもしれません。
前合わせは5つボタンによるボタンフライとなっています。
1stタイプのユーティリティトラウザーズと同様にサイズ調整用のボタンタブが付いています。
サイズも1stタイプのユーティリティトラウザーズと同様にSMALL、MEDIUM、LARGEの3種類のようです。
ラベル表記のとおりコットンポプリン製となっています。名称が「TROUSERS, MEN’S, COTTON POPLIN, OLIVE GREEN 107 TYPE II, CLASS II」となっていますが、名前にSpecial_Warfareを含むものあるようです。
こちらの記事も参考にどうぞ。
米軍T53-1テストサンプルライトウェイトジャケット
米軍T54-4テストサンプルブッシュジャケット
米軍ライトウェイトジャケット&トラウザーズ
2010年03月09日
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
こんばんは。ビッキー池田です。今回は韓国軍の海兵隊で使われていたダックハンター迷彩のジャケットのバリエーションを紹介します。

自分のコレクション対象は基本的にアメリカ軍物で、当ブログでの紹介品も基本的にはアメリカ軍物です。では、なぜ韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩のジャケットを紹介するかといえば、アメリカ軍での使用例があるからです。

ポケットの形状や迷彩の彩色とパターンから判断して、韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩と思われる服が使用されています。この写真の詳細は不明ですが、米陸軍のRanger部隊のようです。

この写真で着用されているのも韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩のようです。この写真の詳細も不明ですが、3名全員が韓国軍海兵隊のダックハンターパターンの戦闘服を着用しているようなので、韓国軍海兵隊に派遣された軍事顧問と思われます。特殊部隊などで複数の人が韓国軍のダックハンタハンターを着ている例は見たことがありませんし、胸ポケットに米軍のものではない(と思われる)徽章が付いているためです。南ベトナム軍と同様に韓国軍にも米軍から軍事顧問が派遣され、軍事顧問たちは韓国軍の服や徽章を使うことがありました。

こちらは米海兵隊の第3水陸両用車大隊(3rd Amphibian Tractor Battalion)の写真になります。彼は個人的に韓国兵から入手したものを着用していたそうです。
それでは、韓国軍海兵隊のダックハンターパターンジャケットのバリエーションの紹介に入ります。韓国軍のダックハンター迷彩は迷彩自体の彩色とパターンのバリエーションがかなりあるのですが、今回はジャケットの作りとしてのバリエーションの紹介です。この場合、韓国軍海兵隊のダックハンターパターンのジャケットは大きく分けて3種類になります。



まず初期型です。初期型は米海兵隊のP41ユーティリティシャツ(Coat, utility uniform, HBT, sage green, P1941)やフロッグスキンパターンのP42ジャケット(Coat, utility, HBT, camouflage, P1942)を参考にしたようで、両者のあいの子のようなスタイルです。HBT(ヘリンボーンツイル)製で内側と外側では彩色が違う生地が使われており、リバーシブルで使用可能なようにポケットが内側にも外側にもついています。1950年代から1960年代初期まで生産されたようですが、米軍での使用例は未確認です。

P41やP42と違い、ポケットは左胸にしか付いていませんが、P41やP42のようにポケットフラップのない胸ポケットとなっています。

米軍のフロッグスキン(写真左)とのパターンの比較です。迷彩パターンとしてはだいたいフロッグスキンパターンのコピーですが、フロッグスキンと比べて柄が全体的に小さくなっているのが分かります。また、柄を小さくして間隔を詰めていった結果スペースが足りなくなったのか、フロッグスキンパターンの赤い印をつけた柄のコピーがありません。なお、この韓国軍海兵隊のダックハンタージャケットの初期型には彩色が違うバリエーションが最低でも1種類存在します。
続いて後期型の紹介ですが、後期型は生地の違いによって2種類に分けることができます。HBT生地とコットンポプリン生地の2種類です。ポプリン生地のモデルはHBT生地のモデルの後継というわけではなく、ポプリン生地モデルは熱帯用モデルとして採用され、ポプリン生地モデルの採用後はHBT生地モデルの生産も並行して続いたようです。HBT生地モデル、ポプリン生地モデルのどちらも彩色やパターンの違う迷彩のものが多数存在しました。


これはHBT生地のモデルです。後期型は米海兵隊のP53もしくはP58ユーティリティシャツとよく似たスタイルになっています。なお、韓国軍海兵隊ではほぼ同じ形でOD色のユーティリティシャツも使用されていました。


米海兵隊のP58ユーティリティシャツ(写真左)との左胸ポケットの比較です。完全にP58のスタイルをコピーしたわけではなく、大きさやボタンタブの作りが違うのが分かります。P58ユーティリティシャツなどに米海兵隊のステンシルもしくはスタンプが入っているのと同様に、韓国軍海兵隊のダックハンターパターンジャケット後期型の左胸ポケットには韓国軍海兵隊のマークが入っているのですが、このジャケットではほとんど消えていて読み取れません。

P58との袖口の比較です。このように一見米軍の服と似ていてもまったく同じ作りにはしないところが韓国軍らしいように感じます。
そして、後期型のポプリン生地モデルです。1番上に載せた韓国軍海兵隊の写真で右側の人が着ているものと良く似ています。


こちらのジャケットは左胸ポケットのマークが残っていました。
なお、今回紹介した3着はそれぞれ使われているボタンが違いました。また、初期型だけ第1ボタンとそれ以外のボタンの大きさが違いました。


更に後期型では前合わせのボタンと袖口のボタンの種類が違いました。これらのボタンの違いは初期型、後期型HBT生地タイプ、後期型ポプリン生地タイプそれぞれの特徴なのかもしれませんが、不明です。生産メーカーなどの違いかもしれません。
韓国軍海兵隊のダックハンターパターンのジャケットの官給品バリエーションは以上の3種類と思われます。しかし、4ポケットで韓国軍海兵隊のマークが入ったダックハンターパターンのジャケットを1度だけ見たことがあります。これはおそらくローカルメイド品などだと思いますが、もしかすると官給品のバリエーションかもしれません。また、韓国軍のダックハンター生地を使用したローカルメイドや民生品の服や帽子も存在し、それらも米軍で使われていたようです。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ドレスシャツ型のダックハンタージャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)

自分のコレクション対象は基本的にアメリカ軍物で、当ブログでの紹介品も基本的にはアメリカ軍物です。では、なぜ韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩のジャケットを紹介するかといえば、アメリカ軍での使用例があるからです。

ポケットの形状や迷彩の彩色とパターンから判断して、韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩と思われる服が使用されています。この写真の詳細は不明ですが、米陸軍のRanger部隊のようです。

この写真で着用されているのも韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩のようです。この写真の詳細も不明ですが、3名全員が韓国軍海兵隊のダックハンターパターンの戦闘服を着用しているようなので、韓国軍海兵隊に派遣された軍事顧問と思われます。特殊部隊などで複数の人が韓国軍のダックハンタハンターを着ている例は見たことがありませんし、胸ポケットに米軍のものではない(と思われる)徽章が付いているためです。南ベトナム軍と同様に韓国軍にも米軍から軍事顧問が派遣され、軍事顧問たちは韓国軍の服や徽章を使うことがありました。

こちらは米海兵隊の第3水陸両用車大隊(3rd Amphibian Tractor Battalion)の写真になります。彼は個人的に韓国兵から入手したものを着用していたそうです。
それでは、韓国軍海兵隊のダックハンターパターンジャケットのバリエーションの紹介に入ります。韓国軍のダックハンター迷彩は迷彩自体の彩色とパターンのバリエーションがかなりあるのですが、今回はジャケットの作りとしてのバリエーションの紹介です。この場合、韓国軍海兵隊のダックハンターパターンのジャケットは大きく分けて3種類になります。
まず初期型です。初期型は米海兵隊のP41ユーティリティシャツ(Coat, utility uniform, HBT, sage green, P1941)やフロッグスキンパターンのP42ジャケット(Coat, utility, HBT, camouflage, P1942)を参考にしたようで、両者のあいの子のようなスタイルです。HBT(ヘリンボーンツイル)製で内側と外側では彩色が違う生地が使われており、リバーシブルで使用可能なようにポケットが内側にも外側にもついています。1950年代から1960年代初期まで生産されたようですが、米軍での使用例は未確認です。
P41やP42と違い、ポケットは左胸にしか付いていませんが、P41やP42のようにポケットフラップのない胸ポケットとなっています。
米軍のフロッグスキン(写真左)とのパターンの比較です。迷彩パターンとしてはだいたいフロッグスキンパターンのコピーですが、フロッグスキンと比べて柄が全体的に小さくなっているのが分かります。また、柄を小さくして間隔を詰めていった結果スペースが足りなくなったのか、フロッグスキンパターンの赤い印をつけた柄のコピーがありません。なお、この韓国軍海兵隊のダックハンタージャケットの初期型には彩色が違うバリエーションが最低でも1種類存在します。
続いて後期型の紹介ですが、後期型は生地の違いによって2種類に分けることができます。HBT生地とコットンポプリン生地の2種類です。ポプリン生地のモデルはHBT生地のモデルの後継というわけではなく、ポプリン生地モデルは熱帯用モデルとして採用され、ポプリン生地モデルの採用後はHBT生地モデルの生産も並行して続いたようです。HBT生地モデル、ポプリン生地モデルのどちらも彩色やパターンの違う迷彩のものが多数存在しました。
これはHBT生地のモデルです。後期型は米海兵隊のP53もしくはP58ユーティリティシャツとよく似たスタイルになっています。なお、韓国軍海兵隊ではほぼ同じ形でOD色のユーティリティシャツも使用されていました。
米海兵隊のP58ユーティリティシャツ(写真左)との左胸ポケットの比較です。完全にP58のスタイルをコピーしたわけではなく、大きさやボタンタブの作りが違うのが分かります。P58ユーティリティシャツなどに米海兵隊のステンシルもしくはスタンプが入っているのと同様に、韓国軍海兵隊のダックハンターパターンジャケット後期型の左胸ポケットには韓国軍海兵隊のマークが入っているのですが、このジャケットではほとんど消えていて読み取れません。
P58との袖口の比較です。このように一見米軍の服と似ていてもまったく同じ作りにはしないところが韓国軍らしいように感じます。
そして、後期型のポプリン生地モデルです。1番上に載せた韓国軍海兵隊の写真で右側の人が着ているものと良く似ています。
こちらのジャケットは左胸ポケットのマークが残っていました。
なお、今回紹介した3着はそれぞれ使われているボタンが違いました。また、初期型だけ第1ボタンとそれ以外のボタンの大きさが違いました。
更に後期型では前合わせのボタンと袖口のボタンの種類が違いました。これらのボタンの違いは初期型、後期型HBT生地タイプ、後期型ポプリン生地タイプそれぞれの特徴なのかもしれませんが、不明です。生産メーカーなどの違いかもしれません。
韓国軍海兵隊のダックハンターパターンのジャケットの官給品バリエーションは以上の3種類と思われます。しかし、4ポケットで韓国軍海兵隊のマークが入ったダックハンターパターンのジャケットを1度だけ見たことがあります。これはおそらくローカルメイド品などだと思いますが、もしかすると官給品のバリエーションかもしれません。また、韓国軍のダックハンター生地を使用したローカルメイドや民生品の服や帽子も存在し、それらも米軍で使われていたようです。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ドレスシャツ型のダックハンタージャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
2010年03月02日
米軍ヘルメットライナーキャップ
こんばんは。ビッキー池田です。今回は米軍のヘルメットライナーキャップ(CAP, COLD WEATHER, INSULATING, HELMET LINER)について紹介しようと思います。

ヘルメットライナーキャップは現存数が多く、低価格で売られていることが多いアイテムですが、人気もあまりないアイテムかと思います。また、あまり使用例も思い浮かばないことが多いのではないでしょうか。ヘルメットライナーキャップは寒冷地用の帽子で「ヘルメットライナー」と名前についているように、ヘルメットの下に着用できるものです。採用時期は資料不足で断定できませんが、最も古いもので1967年コントラクトのものは確認しました。おそらく1965年にM65フィールドジャケットと共に採用されていたのだと思います。

第1騎兵師団の写真で、1970年代のアメリカ本土での撮影と思われます。中央の兵士がヘルメットライナーキャップを使用しているのが確認でき、その右の人はチューブマフラー(SCARF, NECKWEAR, MAN'S , WOOL)を着用しているようです。
M1ヘルメットやPASGTヘルメット用として生産されていたと思いますが、戦車兵などのCVC(COMBAT VEHICLE CREWMEN)用のDH-132ヘルメットの下にヘルメットライナーキャップを着用した写真もあります。以下の写真は西ドイツで撮影されたものです。

また、ヘルメットの下に着用せずにヘルメットライナーキャップ単体で被ることも想定されています。

第101空挺師団の写真です。OD(OG-107)のM65フィールドジャケットとウッドランドパターンのBDUトラウザーズの組み合わせから、1980年代の写真と思われます。また、このようにヘルメットライナーキャップを単体で被る場合には耳あて部分を畳む場合が多いです。

室内であるためか、フィールドジャケットやフィールドトラウザーズを着用していないのにヘルメットライナーキャップとオーバーシューを着用という何とも微妙な格好です。彼が着ているユーティリティシャツの左腕には機甲部隊のSSIが取り付けられています。西ドイツで撮影された写真でしょうか。
ベースボールキャップなどのように徽章を取り付けることもありました。

はっきりと確認できませんが、この写真では耳あて部分に縫い付けられたパラオーバルの上に降下章を取り付け、それより下側に階級章を取り付けているようです。
ヘルメットライナーキャップにはOD色のものとウッドランドパターンのものがありました。まずはODのものを紹介します。




ラベルにはヘルメットの下に着用する場合とヘルメットライナーキャップ単体で着用する場合について記述されており、単体で着用する場合は耳あてを畳んでも良いと書かれています。なお、このヘルメットライナーキャップのコントラクトナンバーはDSA100-74-C-0096で、生産メーカーはRACHMAN MFG. CO.です。いつ頃までOD色のものが生産されていたかは不明ですが、1984年ロットのものは確認できました。
続いてウッドランド迷彩のものを紹介します。



ウッドランド迷彩のものがいつから生産され始めたかは不明ですが、ウッドランド迷彩のM65フィールドジャケットやフィールドキャップと同時期から生産が始まったと思われます。なお、この写真のヘルメットライナーキャップのコントラクトNoはSPO100-100-96-C-1049で、製造メーカーはCONTRACTOR, M &B HEADWEAR CO.です。
また、OD色のものにもウッドランド迷彩にもベルクロの大きさが違うものが存在します。1984年頃からベルクロが小さくなっているようですが、詳しくは不明です。ベルクロの大きいものを初期型、ベルクロの小さいものを後期型と分類しても良いかもしれません。

この写真でベルクロの小さいものが先ほど紹介したSPO100-96のもので、ベルクロが大きいものはDLA100-83-C-0503のALPHA INDUSTRIES, INC.のものです。
更に素材が違うものもあるようで・・・。

先ほどのDLA100-83のものは65%コットン35%ナイロンなのに対し、SPO100-96のものは80%コットン20%ナイロンとなっています。時期によって素材が違うのかと思いきや、DLA100-84で80%コットン20%ナイロンのものも存在するので、メーカーによる違いかと思われます。また、時期による違いかメーカーによる違いかは分かりませんが、名称が違うこともあるようです。今後もヘルメットライナーキャップについては調査を続けようと思います。
ヘルメットライナーキャップがいつまで生産されていたかは不明ですが、ウッドランドパターンのM65フィールドジャケットと同様に1996年頃までの生産と思われます。また、M65フィールドジャケットには3Cデザートパターンのものが存在しますが、ヘルメットライナーキャップで3Cデザート迷彩のものは確認したことがありません。

ヘルメットライナーキャップは現存数が多く、低価格で売られていることが多いアイテムですが、人気もあまりないアイテムかと思います。また、あまり使用例も思い浮かばないことが多いのではないでしょうか。ヘルメットライナーキャップは寒冷地用の帽子で「ヘルメットライナー」と名前についているように、ヘルメットの下に着用できるものです。採用時期は資料不足で断定できませんが、最も古いもので1967年コントラクトのものは確認しました。おそらく1965年にM65フィールドジャケットと共に採用されていたのだと思います。

第1騎兵師団の写真で、1970年代のアメリカ本土での撮影と思われます。中央の兵士がヘルメットライナーキャップを使用しているのが確認でき、その右の人はチューブマフラー(SCARF, NECKWEAR, MAN'S , WOOL)を着用しているようです。
M1ヘルメットやPASGTヘルメット用として生産されていたと思いますが、戦車兵などのCVC(COMBAT VEHICLE CREWMEN)用のDH-132ヘルメットの下にヘルメットライナーキャップを着用した写真もあります。以下の写真は西ドイツで撮影されたものです。

また、ヘルメットの下に着用せずにヘルメットライナーキャップ単体で被ることも想定されています。

第101空挺師団の写真です。OD(OG-107)のM65フィールドジャケットとウッドランドパターンのBDUトラウザーズの組み合わせから、1980年代の写真と思われます。また、このようにヘルメットライナーキャップを単体で被る場合には耳あて部分を畳む場合が多いです。

室内であるためか、フィールドジャケットやフィールドトラウザーズを着用していないのにヘルメットライナーキャップとオーバーシューを着用という何とも微妙な格好です。彼が着ているユーティリティシャツの左腕には機甲部隊のSSIが取り付けられています。西ドイツで撮影された写真でしょうか。
ベースボールキャップなどのように徽章を取り付けることもありました。

はっきりと確認できませんが、この写真では耳あて部分に縫い付けられたパラオーバルの上に降下章を取り付け、それより下側に階級章を取り付けているようです。
ヘルメットライナーキャップにはOD色のものとウッドランドパターンのものがありました。まずはODのものを紹介します。
ラベルにはヘルメットの下に着用する場合とヘルメットライナーキャップ単体で着用する場合について記述されており、単体で着用する場合は耳あてを畳んでも良いと書かれています。なお、このヘルメットライナーキャップのコントラクトナンバーはDSA100-74-C-0096で、生産メーカーはRACHMAN MFG. CO.です。いつ頃までOD色のものが生産されていたかは不明ですが、1984年ロットのものは確認できました。
続いてウッドランド迷彩のものを紹介します。
ウッドランド迷彩のものがいつから生産され始めたかは不明ですが、ウッドランド迷彩のM65フィールドジャケットやフィールドキャップと同時期から生産が始まったと思われます。なお、この写真のヘルメットライナーキャップのコントラクトNoはSPO100-100-96-C-1049で、製造メーカーはCONTRACTOR, M &B HEADWEAR CO.です。
また、OD色のものにもウッドランド迷彩にもベルクロの大きさが違うものが存在します。1984年頃からベルクロが小さくなっているようですが、詳しくは不明です。ベルクロの大きいものを初期型、ベルクロの小さいものを後期型と分類しても良いかもしれません。
この写真でベルクロの小さいものが先ほど紹介したSPO100-96のもので、ベルクロが大きいものはDLA100-83-C-0503のALPHA INDUSTRIES, INC.のものです。
更に素材が違うものもあるようで・・・。
先ほどのDLA100-83のものは65%コットン35%ナイロンなのに対し、SPO100-96のものは80%コットン20%ナイロンとなっています。時期によって素材が違うのかと思いきや、DLA100-84で80%コットン20%ナイロンのものも存在するので、メーカーによる違いかと思われます。また、時期による違いかメーカーによる違いかは分かりませんが、名称が違うこともあるようです。今後もヘルメットライナーキャップについては調査を続けようと思います。
ヘルメットライナーキャップがいつまで生産されていたかは不明ですが、ウッドランドパターンのM65フィールドジャケットと同様に1996年頃までの生産と思われます。また、M65フィールドジャケットには3Cデザートパターンのものが存在しますが、ヘルメットライナーキャップで3Cデザート迷彩のものは確認したことがありません。
2010年02月23日
米陸軍JROTCのBDU
こんばんは。ビッキー池田です。今回はAJROTC(Army Junior Reserve Officers' Training Corps)で使用されたBDUを紹介します。
まずJROTCとは何かという点ですが、簡単に言えばROTC(予備役将校訓練課程)制度の高校版という感じになります。アメリカ軍の4軍(陸軍、空軍、海軍、海兵隊)と沿岸警備隊にこの制度があり、陸軍のJROTCがAJROTCです。



そして、ROTCとはアメリカ軍の4軍(陸軍、空軍、海軍、海兵隊)の将校を育成するためにアメリカの一部の大学に設けられた制度です。ROTCの学生は普通の大学の授業を受けながら訓練を受けることになり、ROTC制度を修了した学生は士官学校の卒業生と同様に米軍士官になります。空軍のカーチス・ルメイ大将や第82空挺師団の飯柴智亮大尉などが有名なROTC課程卒業生です。なお、過去の民生品ユーティリティシャツの記事でVMI(ヴァージニア軍事大学)のユーティリティシャツを紹介しましたが、VMIもROTC課程を導入している大学の1つです。
さて、JROTCの学生には軍事訓練のための戦闘服が支給されるようですが、基本的には通常の米軍部隊と同様の戦闘服が支給されていたようです。とはいえ、ACUの支給は遅れていたようで、AJROTCの教官がACUを着用していてAJORTCの学生がウッドランド迷彩のBDUを着用している写真もあります。しかし、現在ではAJROTCの学生にもACUが支給されているようです。

ここでAJROTCで使用されたウッドランド迷彩のBDUを紹介します。


こちらは米軍官給品のウッドランドBDUの後期型です。AJROTCのSSIとコットン製のARMY章とネームテープが縫い付けられています。なお、生地は50%ナイロン50%コットンのリップストップで、コントラクトNoはSPO100-99-D-0343です。
もう1つAJROTC使用のBDUを手に入れたのですが、どういうわけか民生品のタイガーストライプ迷彩のBDUが使われています。


AJROTCのSSIとコットン製のARMY章とネームテープが縫い付けられている他に、左襟にROTCの金属製徽章が取り付けられています。JROTC学生がタイガーストライプを着ることについて教官が許可をだしたとは思えないので、JROTCの教官の使用品でしょうか。もしくはJROTC学生が記念品や私服として用意したものかもしれません。

このBDUはTRU-SPEC社の民生品で、生地は55%コットン45%ポリエステルとなっています。
以下の記事も参考にどうぞ。
ウッドランドBDUジャケットのバリエーション
まずJROTCとは何かという点ですが、簡単に言えばROTC(予備役将校訓練課程)制度の高校版という感じになります。アメリカ軍の4軍(陸軍、空軍、海軍、海兵隊)と沿岸警備隊にこの制度があり、陸軍のJROTCがAJROTCです。


そして、ROTCとはアメリカ軍の4軍(陸軍、空軍、海軍、海兵隊)の将校を育成するためにアメリカの一部の大学に設けられた制度です。ROTCの学生は普通の大学の授業を受けながら訓練を受けることになり、ROTC制度を修了した学生は士官学校の卒業生と同様に米軍士官になります。空軍のカーチス・ルメイ大将や第82空挺師団の飯柴智亮大尉などが有名なROTC課程卒業生です。なお、過去の民生品ユーティリティシャツの記事でVMI(ヴァージニア軍事大学)のユーティリティシャツを紹介しましたが、VMIもROTC課程を導入している大学の1つです。
さて、JROTCの学生には軍事訓練のための戦闘服が支給されるようですが、基本的には通常の米軍部隊と同様の戦闘服が支給されていたようです。とはいえ、ACUの支給は遅れていたようで、AJROTCの教官がACUを着用していてAJORTCの学生がウッドランド迷彩のBDUを着用している写真もあります。しかし、現在ではAJROTCの学生にもACUが支給されているようです。

ここでAJROTCで使用されたウッドランド迷彩のBDUを紹介します。
こちらは米軍官給品のウッドランドBDUの後期型です。AJROTCのSSIとコットン製のARMY章とネームテープが縫い付けられています。なお、生地は50%ナイロン50%コットンのリップストップで、コントラクトNoはSPO100-99-D-0343です。
もう1つAJROTC使用のBDUを手に入れたのですが、どういうわけか民生品のタイガーストライプ迷彩のBDUが使われています。
AJROTCのSSIとコットン製のARMY章とネームテープが縫い付けられている他に、左襟にROTCの金属製徽章が取り付けられています。JROTC学生がタイガーストライプを着ることについて教官が許可をだしたとは思えないので、JROTCの教官の使用品でしょうか。もしくはJROTC学生が記念品や私服として用意したものかもしれません。
このBDUはTRU-SPEC社の民生品で、生地は55%コットン45%ポリエステルとなっています。
以下の記事も参考にどうぞ。
ウッドランドBDUジャケットのバリエーション
2010年02月16日
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
こんばんは。ビッキー池田です。今回はダックハンター迷彩のM65フィールドジャケットを紹介します。



過去に紹介したものと違って、今回紹介するものはブラスジッパー(真鍮ジッパー)を使用しているモデルとなります。フロントジッパーのメーカーは不明ですが、襟のジッパーはGENERAL製です。ODのフードが本来は付いていたと思われますが、切り取られています。

首の近くに付いているラベルです。「COAT, COLD WEATHER, MAN'S, FIELD」表記でブラスジッパーを使用しているので、3rdタイプのM65フィールドジャケットが採用された1972年以降の生産ではないでしょうか。このラベルの上にもラベルがもう1つ付いていた形跡がありますが、もう1つのラベルはサイズラベルだったと思われます。なお、このM-65フィールドジャケットの裏地はコットンサテン生地です。

過去に紹介したもの(写真下側)との比較写真です。迷彩パターン的にはKAMO社のダックハンターのコピーですが、彩色的にはかなり緑っぽいのが分かると思います。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ドレスシャツ型のダックハンタージャケット
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
米軍ウッドランドパターンM65フィールドジャケット
過去に紹介したものと違って、今回紹介するものはブラスジッパー(真鍮ジッパー)を使用しているモデルとなります。フロントジッパーのメーカーは不明ですが、襟のジッパーはGENERAL製です。ODのフードが本来は付いていたと思われますが、切り取られています。
首の近くに付いているラベルです。「COAT, COLD WEATHER, MAN'S, FIELD」表記でブラスジッパーを使用しているので、3rdタイプのM65フィールドジャケットが採用された1972年以降の生産ではないでしょうか。このラベルの上にもラベルがもう1つ付いていた形跡がありますが、もう1つのラベルはサイズラベルだったと思われます。なお、このM-65フィールドジャケットの裏地はコットンサテン生地です。
過去に紹介したもの(写真下側)との比較写真です。迷彩パターン的にはKAMO社のダックハンターのコピーですが、彩色的にはかなり緑っぽいのが分かると思います。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ドレスシャツ型のダックハンタージャケット
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
米軍ウッドランドパターンM65フィールドジャケット
2010年02月09日
韓国製テーラーメイドのフライトジャケット
こんばんは。ビッキー池田です。今回は韓国製のテイラーメイドのフライトジャケットを紹介します。


L-2Aフライトジャケットを意識したのでしょうか。色はセージグリーンではなく、エアフォースブルーです。デザイン的にもL-2シリーズやMA-1に近いです。しかし、それらのフライトジャケットにはあるはずの袖のポケットがこのフライトジャケットにはありません。そして、このフライトジャケットのように肩エポレットがあって、ストームフラップとポケットフラップがないフライトジャケットは官給品に無いはずです。なお、このフライトジャケットに使われているフロントのアルミジッパーはCROWN製となっています。

襟のところのラベルです。ソウルの竜山(龍山)区のテイラーで作られたことが分かります。また、ラベルの上にボタンが写っているように首周りには何個かボタンが付いているのですが、用途は不明です。

革製ネームプレートの銀箔がはがれているものの、うっすらとベーシックのパイロット章と着用者の名前が確認できます。着用者の名前の下にも何か書かれているようですが、判読できません。

肩エポレットに縫い付けられた大尉の階級章はローカルメイド品と思われ、黒革に白い糸で刺繍されたものです。
以下の記事も参考にどうぞ。
米陸軍歩兵私物のフライトジャケット
L-2Aフライトジャケットを意識したのでしょうか。色はセージグリーンではなく、エアフォースブルーです。デザイン的にもL-2シリーズやMA-1に近いです。しかし、それらのフライトジャケットにはあるはずの袖のポケットがこのフライトジャケットにはありません。そして、このフライトジャケットのように肩エポレットがあって、ストームフラップとポケットフラップがないフライトジャケットは官給品に無いはずです。なお、このフライトジャケットに使われているフロントのアルミジッパーはCROWN製となっています。
襟のところのラベルです。ソウルの竜山(龍山)区のテイラーで作られたことが分かります。また、ラベルの上にボタンが写っているように首周りには何個かボタンが付いているのですが、用途は不明です。
革製ネームプレートの銀箔がはがれているものの、うっすらとベーシックのパイロット章と着用者の名前が確認できます。着用者の名前の下にも何か書かれているようですが、判読できません。
肩エポレットに縫い付けられた大尉の階級章はローカルメイド品と思われ、黒革に白い糸で刺繍されたものです。
以下の記事も参考にどうぞ。
米陸軍歩兵私物のフライトジャケット
2010年02月02日
ベトナム戦争時の米軍におけるステンガン
こんばんは。ビッキー池田です。今回はベトナム戦争時の米軍におけるステンガンの使用例について考えてみます。
ステンガンは言うまでも無く、第二次世界大戦時にイギリスで開発されたサブマシンガンです。第二次世界大戦時にはイギリス軍以外にカナダ軍などの英連邦諸国の軍隊やフランス軍にも使用されました。戦後もイギリス軍はしばらくmk.IIをL50、mk.IIIをL51、mk.VをL52として使用し、イスラエル軍は中東戦争で、インド軍は印パ戦争でステンガンを使用したのが知られています。その他にも様々な国でステンガンは使用されました。
さて、ベトナム戦争で米軍が使用したステンガンはステンmk.IIとステンmk.IISと思われ、2タイプのストックのものが使用されたようです。ステンmk.IIはステンSMGの初期生産型であるステンmk.Iの改良型で、WWII中のステンガンの最多生産モデルでした。そして、ステンmk.IISはステンmk.IIのサイレンサー(消音器)付きモデルです。ベトナム戦争で米軍が使ったものはアメリカ製のライセンス生産品とも言われていますが、詳細は分かりません。



なお第二次世界大戦時にも米軍でステンガンが使われたと聞きますが、知識不足なので今回はベトナム戦争における米軍での使用例に絞り込みます。

トミーガンやグリースガンと一緒に写っているので、ベトナム戦争初期での使用かと思いきや・・・。

グリーンリーフパターンの戦闘服やM1967マガジンポーチと一緒に使われているので、結構遅い時期まで使われていたようです。おそらく消音器がなかなか高性能だったために長期に渡って使用されたのだと思います。写真の詳細は不明ですが、ステンSMGを使用したのはグリーンベレーとレンジャーが主なはずなので、そのどちらかではないでしょうか。

ベレーも服もタイガーストライプ(Tadpole Sparseパターンと思われます)なベトナム人の2人組みがステンmk.IISを使用しています。この写真も詳細は不明ですが、MACV-SOGに訓練されたモンタニヤードではないでしょうか。
次の3枚の写真はMACV-SOGのCCN所属のグリーンベレー隊員です。同じときに撮られた写真だと思いますが、それぞれ装備が興味深いので3枚ともあげておきます。

第5特殊部隊群のベレーフラッシュ付きのグリーンベレーを被り、ジャングルファティーグにポケットハンガーパッチを取り付けています。ポケットハンガーパッチが何か確認できませんが、やはりCCN関係のものかと思います。

この人が着ている服は1-0ジャケットとジャングルファティーグのトラウザーズと思われます。1-0(ONE ZERO)とはMACV-SOGの偵察チームの指揮官のことで、1-0ジャケットは1-0に使用された黒いジャケットです。この服は生地がこすれる音がうるさいそうで、実戦ではほとんど使用されず基地の中などで着用されました。

そして、この人はタイガーストライプパターンの服を着て、茶革製のローカルメイド品と思われるホルスターを装着しています。
なお、ベトナム戦争時に米軍以外でステンSMG使われたかという点については知識不足でよく分かりませんが、インドシナ戦争では北ベトナム製のステンSMGのコピーが使用されていたようです。よって、北ベトナム軍やベトコンでの使用があったかもしれません。また、第二次世界大戦でオーストラリア軍はステンSMG及びオーストラリア製のオーステンSMGを使用していたので、ベトナム戦争でも使ったかもしれませんが、未確認です。ただ、オーウェンSMGやスターリングSMGを当時オーストラリア軍は使用していたので、わざわざステンSMGを使う必要はなかったのではないでしょうか。
今回の記事はコレクターのM.C.YASUDA氏の助言により書くことができました。ご協力ありがとうございます。それでは、最後にステンmk.IIとステンmk.IISの基本スペックです。
ステンmk.II
全長:895mm
銃身長:196mm
重量:3260g
使用弾薬:9mm×19mm
マガジン装弾数:32発
作動方式:シンプル・ブローバック方式
発射速度:550発/分
銃口初速:365m/秒
有効射程:150m~200m
ステンmk.IIS
全長:900mm
銃身長:90mm
重量:3480g
使用弾薬:9mm×19mm
マガジン装弾数:32発
作動方式:シンプル・ブローバック方式
発射速度:450発/分
有効射程:50m~100m
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍及び南ベトナム軍とUZI
ステンガンは言うまでも無く、第二次世界大戦時にイギリスで開発されたサブマシンガンです。第二次世界大戦時にはイギリス軍以外にカナダ軍などの英連邦諸国の軍隊やフランス軍にも使用されました。戦後もイギリス軍はしばらくmk.IIをL50、mk.IIIをL51、mk.VをL52として使用し、イスラエル軍は中東戦争で、インド軍は印パ戦争でステンガンを使用したのが知られています。その他にも様々な国でステンガンは使用されました。
さて、ベトナム戦争で米軍が使用したステンガンはステンmk.IIとステンmk.IISと思われ、2タイプのストックのものが使用されたようです。ステンmk.IIはステンSMGの初期生産型であるステンmk.Iの改良型で、WWII中のステンガンの最多生産モデルでした。そして、ステンmk.IISはステンmk.IIのサイレンサー(消音器)付きモデルです。ベトナム戦争で米軍が使ったものはアメリカ製のライセンス生産品とも言われていますが、詳細は分かりません。



なお第二次世界大戦時にも米軍でステンガンが使われたと聞きますが、知識不足なので今回はベトナム戦争における米軍での使用例に絞り込みます。
トミーガンやグリースガンと一緒に写っているので、ベトナム戦争初期での使用かと思いきや・・・。

グリーンリーフパターンの戦闘服やM1967マガジンポーチと一緒に使われているので、結構遅い時期まで使われていたようです。おそらく消音器がなかなか高性能だったために長期に渡って使用されたのだと思います。写真の詳細は不明ですが、ステンSMGを使用したのはグリーンベレーとレンジャーが主なはずなので、そのどちらかではないでしょうか。
ベレーも服もタイガーストライプ(Tadpole Sparseパターンと思われます)なベトナム人の2人組みがステンmk.IISを使用しています。この写真も詳細は不明ですが、MACV-SOGに訓練されたモンタニヤードではないでしょうか。
次の3枚の写真はMACV-SOGのCCN所属のグリーンベレー隊員です。同じときに撮られた写真だと思いますが、それぞれ装備が興味深いので3枚ともあげておきます。

第5特殊部隊群のベレーフラッシュ付きのグリーンベレーを被り、ジャングルファティーグにポケットハンガーパッチを取り付けています。ポケットハンガーパッチが何か確認できませんが、やはりCCN関係のものかと思います。

この人が着ている服は1-0ジャケットとジャングルファティーグのトラウザーズと思われます。1-0(ONE ZERO)とはMACV-SOGの偵察チームの指揮官のことで、1-0ジャケットは1-0に使用された黒いジャケットです。この服は生地がこすれる音がうるさいそうで、実戦ではほとんど使用されず基地の中などで着用されました。

そして、この人はタイガーストライプパターンの服を着て、茶革製のローカルメイド品と思われるホルスターを装着しています。
なお、ベトナム戦争時に米軍以外でステンSMG使われたかという点については知識不足でよく分かりませんが、インドシナ戦争では北ベトナム製のステンSMGのコピーが使用されていたようです。よって、北ベトナム軍やベトコンでの使用があったかもしれません。また、第二次世界大戦でオーストラリア軍はステンSMG及びオーストラリア製のオーステンSMGを使用していたので、ベトナム戦争でも使ったかもしれませんが、未確認です。ただ、オーウェンSMGやスターリングSMGを当時オーストラリア軍は使用していたので、わざわざステンSMGを使う必要はなかったのではないでしょうか。
今回の記事はコレクターのM.C.YASUDA氏の助言により書くことができました。ご協力ありがとうございます。それでは、最後にステンmk.IIとステンmk.IISの基本スペックです。
ステンmk.II
全長:895mm
銃身長:196mm
重量:3260g
使用弾薬:9mm×19mm
マガジン装弾数:32発
作動方式:シンプル・ブローバック方式
発射速度:550発/分
銃口初速:365m/秒
有効射程:150m~200m
ステンmk.IIS
全長:900mm
銃身長:90mm
重量:3480g
使用弾薬:9mm×19mm
マガジン装弾数:32発
作動方式:シンプル・ブローバック方式
発射速度:450発/分
有効射程:50m~100m
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍及び南ベトナム軍とUZI
2010年01月25日
米軍M1C空挺ヘルメット(第二次世界大戦型)
こんばんは。ビッキー池田です。今回は第2次世界大戦時のM1C空挺ヘルメットを紹介します。
第二次世界大戦時の米軍空挺部隊には独特の装備が多いですが、その中でも最も代表的なものはM1Cヘルメットではないでしょうか。ジャンプブーツやM42ジャンプジャケットはM43コンバットブーツやM43フィールドジャケットに取って代わられますが、M1CヘルメットはWWIIを通して使われ、朝鮮戦争やベトナム戦争初期にも使われます。そして、戦後の改良型はフリッツヘルメット(PASGTヘルメット)採用まで使われ続けました。
1941年から米陸軍の空挺部隊用に専用の降下ヘルメットとしてM1Cヘルメットが生産され始めました。ノルマンディにおけるオーバーロード作戦、オランダにおけるマーケット・ガーデン作戦などヨーロッパ戦線の第82空挺師団や第101空挺師団での使用がやはり有名でしょうか。


太平洋戦線で戦い、戦後日本に駐留した第11空挺師団でもやはり使用されました。

そして、上記のように1964年にP64空挺ヘルメットライナーが採用されるまでは使用が続き、朝鮮戦争やベトナム戦争でも使用されました。


なお、米軍以外ではインドシナ戦争におけるフランス軍での使用が確認できます。未確認ですが、南ベトナム軍でも使用されたのではないでしょうか。
戦後の改良型を除いてもM1Cヘルメットのバリエーションはかなりの数があります。知識不足ですし、自分のコレクションのM1Cヘルメットも1つだけなので、基本的なバリエーションだけをあげておきます。まず、ヘルメットのシェル部分のチンストラップ取り付け部分のループのバリエーションがD型で固定式の初期型、普通のM1ヘルメットと同型の固定式の中期型 、可動式の後期型の3種類がありました。
そして、ヘルメットのライナー部分はファイバー(紙)製ライナーの初期型とプラスチック製ライナーのものがあり、プラスチックライナーにはAストラップ(チンカップを取り付ける部分のストラップ)のバックルが小型の中期型と大型の後期型があります。
また、前線で普通のM1ヘルメットのライナーを改造して作ったリガーメイドのM1Cヘルメットのライナーも存在します。リガーメイドのものはライナーのリベットが17個ありますが、官給品のライナーではリベットは13個です。
さて、ここで1個しかない自分のコレクションのM1Cヘルメットを紹介します。本当は基本的なバリエーションをひととおり集めてからM1Cの記事を書きたかったのですが、M1Cは大変希少な上に高価なため1つだけの状態で更新することにしました。



近年のリペイントと思われますが、第82空挺師団隷下の第505パラシュート歩兵連隊のマーキング入りです。


ライナーはプラスチック製で、リベットが13個の官給品タイプです。また、使用者の名前と思われるマーキングがあり、このマーキングは当時のものと思われます。

チンストラップ取り付け用のループは可動式(後期型)で、チンストラップはカーキです。

AストラップはODで、Aストラップのバックルは大型のタイプ(後期型)となっています。
第二次世界大戦時の米軍空挺部隊には独特の装備が多いですが、その中でも最も代表的なものはM1Cヘルメットではないでしょうか。ジャンプブーツやM42ジャンプジャケットはM43コンバットブーツやM43フィールドジャケットに取って代わられますが、M1CヘルメットはWWIIを通して使われ、朝鮮戦争やベトナム戦争初期にも使われます。そして、戦後の改良型はフリッツヘルメット(PASGTヘルメット)採用まで使われ続けました。
1941年から米陸軍の空挺部隊用に専用の降下ヘルメットとしてM1Cヘルメットが生産され始めました。ノルマンディにおけるオーバーロード作戦、オランダにおけるマーケット・ガーデン作戦などヨーロッパ戦線の第82空挺師団や第101空挺師団での使用がやはり有名でしょうか。


太平洋戦線で戦い、戦後日本に駐留した第11空挺師団でもやはり使用されました。
そして、上記のように1964年にP64空挺ヘルメットライナーが採用されるまでは使用が続き、朝鮮戦争やベトナム戦争でも使用されました。

なお、米軍以外ではインドシナ戦争におけるフランス軍での使用が確認できます。未確認ですが、南ベトナム軍でも使用されたのではないでしょうか。
戦後の改良型を除いてもM1Cヘルメットのバリエーションはかなりの数があります。知識不足ですし、自分のコレクションのM1Cヘルメットも1つだけなので、基本的なバリエーションだけをあげておきます。まず、ヘルメットのシェル部分のチンストラップ取り付け部分のループのバリエーションがD型で固定式の初期型、普通のM1ヘルメットと同型の固定式の中期型 、可動式の後期型の3種類がありました。
そして、ヘルメットのライナー部分はファイバー(紙)製ライナーの初期型とプラスチック製ライナーのものがあり、プラスチックライナーにはAストラップ(チンカップを取り付ける部分のストラップ)のバックルが小型の中期型と大型の後期型があります。
また、前線で普通のM1ヘルメットのライナーを改造して作ったリガーメイドのM1Cヘルメットのライナーも存在します。リガーメイドのものはライナーのリベットが17個ありますが、官給品のライナーではリベットは13個です。
さて、ここで1個しかない自分のコレクションのM1Cヘルメットを紹介します。本当は基本的なバリエーションをひととおり集めてからM1Cの記事を書きたかったのですが、M1Cは大変希少な上に高価なため1つだけの状態で更新することにしました。
近年のリペイントと思われますが、第82空挺師団隷下の第505パラシュート歩兵連隊のマーキング入りです。
ライナーはプラスチック製で、リベットが13個の官給品タイプです。また、使用者の名前と思われるマーキングがあり、このマーキングは当時のものと思われます。
チンストラップ取り付け用のループは可動式(後期型)で、チンストラップはカーキです。
AストラップはODで、Aストラップのバックルは大型のタイプ(後期型)となっています。
2010年01月17日
米軍ライトウェイトジャケット&トラウザーズ
こんにちは。ビッキー池田です。今回は第二次世界大戦末期に米陸軍が太平洋戦線向けに採用した熱帯用戦闘服であるライトウェイトジャケットとライトウェイトトラウザーズを紹介します。ただし、こちらの服はWWII時には実戦投入に間に合わず、その後少数がベトナム戦争で使われたようです。
困ったことにこのコットンポプリン生地製の戦闘服についてはほとんど資料がありません。1945年に採用されたもののそれほど生産数も実際に支給された数も多くなかったようです。1940年代には海軍でもコットンポプリン生地製の熱帯用戦闘服が採用されましたが、両者のつながりは分かりません。また、ベトナム戦争で少数が使われたようだと書きましたが、当時の写真では未確認で当時の徽章が付いたものを確認しただけです。自分が確認したベトナム戦争時の徽章付きのものはグリーンベレーのものだけです。
では、まずはジャケットの方の写真です。


ポケットのボタンはむき出しではありませんが、前合わせのボタンがむき出しになっています。ボタンがむき出しというのはT53-1やT54-4といった1950年代の熱帯戦闘服の試作品や1stタイプのジャングルファティーグと共通した特徴です。残念ながら、前合わせの下から2番目のボタンが外れています。
ライトウェイトジャケットにはバリエーションが存在したようです。



襟と袖に金属ボタンが付いています。襟のボタンは襟を固定するため、袖のボタンは袖口をしっかりと閉じるためのもののようです。ただし、このボタンの取り付けは個人の改造の可能性も否定できません。なお、袖には1940年代のものと思われる二等軍曹の階級章が縫い付けられており、当時使用されていたことが推測できます。
続いて、ライトウェイトトラウザーズの写真です。



前あわせが6つボタンのボタンフライで、ジャケットと同型のボタンが使用されています。

トラウザーズのスタンプの写真です。「TROUSERS LIGHTWEIGHT」の表記が読み取れます。ジャケットの方はスタンプが薄くなっていてほとんど読み取れなかったので写真を撮りませんでした。
最後にライトウェイトジャケットのテストサンプル品を紹介します。



制式採用品には無い肩エポレットが有ります。サイズ表記も制式採用品ではS、M、L(XSやXLは無いと思います)という表記でしたが、この試作品ではインチ表記になっています。なお、このジャケットにはネームテープ、ARMY章、将校用階級章、兵科章の跡があるので、戦後再利用されたもののようです。

判読できませんが、試作タイプではラベルに名称などが書かれていたようです。制式採用タイプではスタンプで名称などが表記されていて、ラベルは付いていませんでした。

袖の裁断とボタン数にも違いがあります。試作品(写真左)では袖ボタンは2つですが、制式採用品では袖ボタンが1つです。

細かいですが、ポケットの比較です。テストサンプル(写真左)の方がポケット本体とポケットフラップの距離が離れており、ポケット本体とポケットフラップが接続されています。
こちらの記事も参考にどうぞ。
米軍T53-1テストサンプルライトウェイトジャケット
米軍T54-4テストサンプルブッシュジャケット
困ったことにこのコットンポプリン生地製の戦闘服についてはほとんど資料がありません。1945年に採用されたもののそれほど生産数も実際に支給された数も多くなかったようです。1940年代には海軍でもコットンポプリン生地製の熱帯用戦闘服が採用されましたが、両者のつながりは分かりません。また、ベトナム戦争で少数が使われたようだと書きましたが、当時の写真では未確認で当時の徽章が付いたものを確認しただけです。自分が確認したベトナム戦争時の徽章付きのものはグリーンベレーのものだけです。
では、まずはジャケットの方の写真です。
ポケットのボタンはむき出しではありませんが、前合わせのボタンがむき出しになっています。ボタンがむき出しというのはT53-1やT54-4といった1950年代の熱帯戦闘服の試作品や1stタイプのジャングルファティーグと共通した特徴です。残念ながら、前合わせの下から2番目のボタンが外れています。
ライトウェイトジャケットにはバリエーションが存在したようです。
襟と袖に金属ボタンが付いています。襟のボタンは襟を固定するため、袖のボタンは袖口をしっかりと閉じるためのもののようです。ただし、このボタンの取り付けは個人の改造の可能性も否定できません。なお、袖には1940年代のものと思われる二等軍曹の階級章が縫い付けられており、当時使用されていたことが推測できます。
続いて、ライトウェイトトラウザーズの写真です。
前あわせが6つボタンのボタンフライで、ジャケットと同型のボタンが使用されています。

トラウザーズのスタンプの写真です。「TROUSERS LIGHTWEIGHT」の表記が読み取れます。ジャケットの方はスタンプが薄くなっていてほとんど読み取れなかったので写真を撮りませんでした。
最後にライトウェイトジャケットのテストサンプル品を紹介します。
制式採用品には無い肩エポレットが有ります。サイズ表記も制式採用品ではS、M、L(XSやXLは無いと思います)という表記でしたが、この試作品ではインチ表記になっています。なお、このジャケットにはネームテープ、ARMY章、将校用階級章、兵科章の跡があるので、戦後再利用されたもののようです。
判読できませんが、試作タイプではラベルに名称などが書かれていたようです。制式採用タイプではスタンプで名称などが表記されていて、ラベルは付いていませんでした。
袖の裁断とボタン数にも違いがあります。試作品(写真左)では袖ボタンは2つですが、制式採用品では袖ボタンが1つです。
細かいですが、ポケットの比較です。テストサンプル(写真左)の方がポケット本体とポケットフラップの距離が離れており、ポケット本体とポケットフラップが接続されています。
こちらの記事も参考にどうぞ。
米軍T53-1テストサンプルライトウェイトジャケット
米軍T54-4テストサンプルブッシュジャケット
2010年01月09日
米軍ウッドランドパターンM65フィールドジャケット
こんばんは。ビッキー池田です。今回はウッドランド迷彩のM65フィールドジャケット(COAT, COLD WEATHER: FIELD, CAMOUFLAGE PATTERN)のバリエーションを紹介しようと思います。

1981年(1980年?)にBDU(Battle Dress Uniform)の迷彩としてウッドランドパターンが採用されると、それにあわせてM65フィールドジャケットもそれまでのOD色(OG-107)以外に、ウッドランドパターンのものが採用されました。ただし、BDUと同時に採用されたのか、BDU採用から少し期間が空いてから採用されたのかは分かりません。一方で1989年頃まではODのものの生産も続くことになります。
ODのM65フィールドジャケットにはアルミジッパーのモデル(2ndタイプ、初期型)がありましたが、ウッドランドのモデルにはありません。よって、ウッドランドのM-65フィールドジャケットにおける1stタイプもしくは初期型はブラスジッパー(真鍮ジッパー)のモデルということになります。


フロントジッパーと襟のジッパーが共にブラスジッパーのモデルは1986年頃までは生産されていたようです。なお、こちらのM65のコントラクトナンバーはDLA100-84-C-0721となっており、フロントジッパーと襟のジッパーは共にGENERAL製となっています。
そして、ODのM-65と同様にプラスチックジッパーを使用したモデルがウッドランドのM-65でも登場するのですが、やはりODのM-65と同様にフロントジッパーはブラス製で、襟のジッパーはプラスチック製という過渡期のモデルが存在しました。この過渡期のモデルは1988年頃まで生産されていたようです。



こちらのM-65フィールドジャケットには第98歩兵師団SSIと准尉(W3)階級章、コットン製ネームテープ、コットン製ARMY章が縫い付けられています。また、こちらのM-65のコントラクトナンバーはDLA100-82-C-0689で、フロントジッパーはSCOVILL製、襟のジッパーはYKK製です。
最後に1985年頃からフロントジッパーも襟のジッパーもプラジッパーのモデルが登場しました。これがウッドランド迷彩のM-65における2ndタイプもしくは後期型ということになります。


このM-65のコントラクトNoはSPO100-96-D-0320で、ジッパーはフロントも襟もYKK製です。


なお、このM-65フィールドジャケットには第101空挺師団SSI、第19航空支援作戦中隊(19th Air Support Operations Squadron)部隊章、航空戦闘コマンド(Air Combat Command)部隊章、一等空兵階級章、コットン製のAIR FORCE章とネームテープが縫いつけられています。空軍なのに第101空挺師団の部隊章が縫い付けられていますが、第19航空支援作戦中隊の任務が気象観測などによる第101空挺師団と第5特殊部隊群の作戦支援であることと関係があるはずです。このM-65の着用者は作戦支援のために第101空挺師団に派遣されていたのではないでしょうか。
1996年頃に官給品のウッドランドのM-65フィールドジャケットの生産は終了したようです。そして、ウッドランドのゴアテックスパーカー(ECWCSパーカー)に役目を取って代わられました。しかし、3CデザートパターンのM-65フィールドジャケットは1999年まで生産されましたし、その後もACU(Army Combat Uniform)パターンのM-65フィールドジャケットが登場します。現在もACUのM-65が生産されているかは知識不足で分かりませんが、2008年コントラクトのモデルは確認しました。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
米軍ウッドランドBDUジャケットのバリエーション
また、以下のアカトラ氏が書いた記事でM65を購入する際チェックすべきポイントが紹介されており、大変参考になります。
M65(WL)のバリエーション
1981年(1980年?)にBDU(Battle Dress Uniform)の迷彩としてウッドランドパターンが採用されると、それにあわせてM65フィールドジャケットもそれまでのOD色(OG-107)以外に、ウッドランドパターンのものが採用されました。ただし、BDUと同時に採用されたのか、BDU採用から少し期間が空いてから採用されたのかは分かりません。一方で1989年頃まではODのものの生産も続くことになります。
ODのM65フィールドジャケットにはアルミジッパーのモデル(2ndタイプ、初期型)がありましたが、ウッドランドのモデルにはありません。よって、ウッドランドのM-65フィールドジャケットにおける1stタイプもしくは初期型はブラスジッパー(真鍮ジッパー)のモデルということになります。
フロントジッパーと襟のジッパーが共にブラスジッパーのモデルは1986年頃までは生産されていたようです。なお、こちらのM65のコントラクトナンバーはDLA100-84-C-0721となっており、フロントジッパーと襟のジッパーは共にGENERAL製となっています。
そして、ODのM-65と同様にプラスチックジッパーを使用したモデルがウッドランドのM-65でも登場するのですが、やはりODのM-65と同様にフロントジッパーはブラス製で、襟のジッパーはプラスチック製という過渡期のモデルが存在しました。この過渡期のモデルは1988年頃まで生産されていたようです。
こちらのM-65フィールドジャケットには第98歩兵師団SSIと准尉(W3)階級章、コットン製ネームテープ、コットン製ARMY章が縫い付けられています。また、こちらのM-65のコントラクトナンバーはDLA100-82-C-0689で、フロントジッパーはSCOVILL製、襟のジッパーはYKK製です。
最後に1985年頃からフロントジッパーも襟のジッパーもプラジッパーのモデルが登場しました。これがウッドランド迷彩のM-65における2ndタイプもしくは後期型ということになります。
このM-65のコントラクトNoはSPO100-96-D-0320で、ジッパーはフロントも襟もYKK製です。
なお、このM-65フィールドジャケットには第101空挺師団SSI、第19航空支援作戦中隊(19th Air Support Operations Squadron)部隊章、航空戦闘コマンド(Air Combat Command)部隊章、一等空兵階級章、コットン製のAIR FORCE章とネームテープが縫いつけられています。空軍なのに第101空挺師団の部隊章が縫い付けられていますが、第19航空支援作戦中隊の任務が気象観測などによる第101空挺師団と第5特殊部隊群の作戦支援であることと関係があるはずです。このM-65の着用者は作戦支援のために第101空挺師団に派遣されていたのではないでしょうか。
1996年頃に官給品のウッドランドのM-65フィールドジャケットの生産は終了したようです。そして、ウッドランドのゴアテックスパーカー(ECWCSパーカー)に役目を取って代わられました。しかし、3CデザートパターンのM-65フィールドジャケットは1999年まで生産されましたし、その後もACU(Army Combat Uniform)パターンのM-65フィールドジャケットが登場します。現在もACUのM-65が生産されているかは知識不足で分かりませんが、2008年コントラクトのモデルは確認しました。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
米軍ウッドランドBDUジャケットのバリエーション
また、以下のアカトラ氏が書いた記事でM65を購入する際チェックすべきポイントが紹介されており、大変参考になります。
M65(WL)のバリエーション
2010年01月01日
ドレスシャツ型のダックハンタージャケット
あけましておめでとうございます。ビッキー池田です。今年もよろしくお願い致します。さて、2010年最初の更新となりますが、今回はダックハンターパターンのドレスシャツ型ジャケットについての更新です。
ダックハンターパターンの迷彩生地を使った民生品の衣類には様々なスタイルのものがありましたが、米軍のドレスシャツ(制服用のシャツ)やチノシャツのようなスタイルのものもありました。
まずは有名なKAMO社製のものから紹介します。



KAMO社のダックハンター迷彩のジャケットといえば、裾ポケット2つと胸ポケット1つがあるものが一般的で、ベトナム戦争でもそのタイプが使用されました。裾ポケット2つと胸ポケット1つのタイプはかなりの数が作られたようです。しかし、ドレスシャツ型のものはかなり希少なのではないでしょうか。

使われているボタンが小型で他のKAMO社のダックハンターの衣類で使用されていないと思われるタイプです。また、ドレスシャツ型ということで袖にもボタンがあります。このドレスシャツ型とあわせるためのトラウザーズがKAMO社製で存在するかは不明です。
次は10Xというメーカー(ブランド?)のものを紹介します。肩エポレット付きでもともと半袖で作られているようなので、大変興味深い仕様なのですが、残念なことに上から2番目のボタンと1番下のボタンが欠品しています。



首のところのラベルの文字が残念ながらほとんど判読できません。写真では見えないと思いますが、うっすらとSMALL-REGULARとサイズが書かれているのはかろうじて分かります。おそらく他に生産国などが書かれていたと思うので残念です。

やはりボタンは小型のものが使われています。また、生地の迷彩パターン的にはKAMO社のダックハンター迷彩のコピーです。しかし、彩色がKAMO社のものの5色に対して、茶色を多く使った4色になっています。

メーカー名を強調したいのか、首のところ以外に服の側面部分にもメーカーラベルが付いている上に、迷彩と一緒に服のあちこちに10Xとプリントされています。
最後にメーカー不明のものを紹介します。



ドレスシャツ型のダックハンタージャケットのベトナム戦争での使用は自分の確認した範囲ではありませんが、可能性としては使用されていてもおかしくありません。米軍将兵はユーティリティシャツなど胸ポケットが2つある服に慣れていましたが、民生品のダックハンタージャケットは胸ポケットが2つないものが多かったためです。なお、このジャケットはかなり使い込まれていますが、軍での使用とも民間での使用とも考えられるので詳しいことはどうとも言えません。

迷彩パターン的にはほぼKAMO社のコピーですが、矢印の部分の柄が省略されています。このようにKAMO社のダックハンター迷彩を真似たダックハンター迷彩では2つの柄が重なる部分の柄が省略されることが多いです。また、彩色もKAMO社のダックハンターの5色に対して、このジャケットでは4色となっています。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
ダックハンターパターンの迷彩生地を使った民生品の衣類には様々なスタイルのものがありましたが、米軍のドレスシャツ(制服用のシャツ)やチノシャツのようなスタイルのものもありました。
まずは有名なKAMO社製のものから紹介します。
KAMO社のダックハンター迷彩のジャケットといえば、裾ポケット2つと胸ポケット1つがあるものが一般的で、ベトナム戦争でもそのタイプが使用されました。裾ポケット2つと胸ポケット1つのタイプはかなりの数が作られたようです。しかし、ドレスシャツ型のものはかなり希少なのではないでしょうか。
使われているボタンが小型で他のKAMO社のダックハンターの衣類で使用されていないと思われるタイプです。また、ドレスシャツ型ということで袖にもボタンがあります。このドレスシャツ型とあわせるためのトラウザーズがKAMO社製で存在するかは不明です。
次は10Xというメーカー(ブランド?)のものを紹介します。肩エポレット付きでもともと半袖で作られているようなので、大変興味深い仕様なのですが、残念なことに上から2番目のボタンと1番下のボタンが欠品しています。
首のところのラベルの文字が残念ながらほとんど判読できません。写真では見えないと思いますが、うっすらとSMALL-REGULARとサイズが書かれているのはかろうじて分かります。おそらく他に生産国などが書かれていたと思うので残念です。
やはりボタンは小型のものが使われています。また、生地の迷彩パターン的にはKAMO社のダックハンター迷彩のコピーです。しかし、彩色がKAMO社のものの5色に対して、茶色を多く使った4色になっています。
メーカー名を強調したいのか、首のところ以外に服の側面部分にもメーカーラベルが付いている上に、迷彩と一緒に服のあちこちに10Xとプリントされています。
最後にメーカー不明のものを紹介します。


ドレスシャツ型のダックハンタージャケットのベトナム戦争での使用は自分の確認した範囲ではありませんが、可能性としては使用されていてもおかしくありません。米軍将兵はユーティリティシャツなど胸ポケットが2つある服に慣れていましたが、民生品のダックハンタージャケットは胸ポケットが2つないものが多かったためです。なお、このジャケットはかなり使い込まれていますが、軍での使用とも民間での使用とも考えられるので詳しいことはどうとも言えません。
迷彩パターン的にはほぼKAMO社のコピーですが、矢印の部分の柄が省略されています。このようにKAMO社のダックハンター迷彩を真似たダックハンター迷彩では2つの柄が重なる部分の柄が省略されることが多いです。また、彩色もKAMO社のダックハンターの5色に対して、このジャケットでは4色となっています。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
2009年12月23日
米軍及び南ベトナム軍とUZI
こんばんは。ビッキー池田です。今回は自分のコレクションは紹介せずにUZIサブマシンガンの米軍や南ベトナム軍での使用例について考えてみようと思います。

UZIは言うまでもなく、イスラエルのIMI社(イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ社)で開発されたサブマシンガンです。イスラエル軍はもちろんですが、多くの国に輸出され、軍や警察などに採用されました。ドイツ連邦共和国軍(西ドイツ軍)がMP2として採用したのやローデシア軍で使用されたのが有名でしょうか。また、イスラエル以外にベルギーのFN社や南アフリカ共和国でも生産されました。
さて、アメリカでUZIというと、シークレットサービスでの使用が有名です。SWATを含むアメリカの警察でも使用されました。しかし、米軍での使用はあまりピンと来ない人が多いかと思います。スウェーディッシュK(スウェーデンのカールグスタフM45B)やMP5などと違って、確かにUZIは大規模には米軍で使用されなかったようです。しかし、それでも使用例はあります。


この2枚の写真はベトナム戦争中の写真で、どちらもグリーンベレーのようです。このようにベトナム戦争中には米軍特殊部隊でUZIが使われていました。ベトナム戦争で米軍が使ったUZIはFN社製とも言われていますが、詳細は不明です。また、サプレッサーを装着したUZIも使われたと言われています。ただ、いずれにせよ、スウェーディッシュKやグリースガンなどと比べるとUZIの使用例が圧倒的に少なかったのは確かです。
また、どういう経緯でウージーが使用されているのかは不明ですが、南ベトナム軍での使用も確認できます。

テト攻勢後の写真で、ベトコンのグエン・ヴァン・レムを連行中の写真です。グエン・ヴァン・レムがこの後処刑されるのは大変有名ですが、彼を連行する南ベトナム兵の1人がウージーを持っています。なお、そのウージーを持った兵士はローカルメイドのマガジンポーチを使っていますし、右端の兵士は中国製の51式拳銃もしくは54式拳銃(トカレフTT-33の中国版)用と思われるホルスターを装着しており、大変興味深い写真です。
さて、ベトナム戦争後もウージーは米軍で使用され続けたようです。


ベトナム戦争中の写真にも見えますが、この2枚の写真は1980年頃に撮影された第7特殊部隊群の写真です。第7特殊部隊群は中南米地域での活動を担当した部隊で、1980年代にはエルサルバドルやホンジュラスなどで軍事顧問として同国軍を訓練していました。当時コロンビアやニカラグアといった中南米の多くの国でウージーは使われていたので、中南米で活動する第7特殊部隊群としてはウージーの扱いに慣れておく必要があったのかと思います。
今後の更新では今回のような感じで当時の写真を使って銃の使用例を紹介していったりもしようと思います。軍装品を語る上で銃は切っても切れない関係ですから。最後にウージーの基本スペックを書いておきます。
全長:470mm(ストック展開時650mm)
銃身長:260mm
重量:3570g
ライフリング:4条右回り
使用弾薬:9mm×19mm
マガジン装弾数:20発、25発、32発、40発、50発
作動方式:シンプル・ブローバック方式
発射速度:650発/分
銃口初速:400m/秒
有効射程:200m

UZIは言うまでもなく、イスラエルのIMI社(イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ社)で開発されたサブマシンガンです。イスラエル軍はもちろんですが、多くの国に輸出され、軍や警察などに採用されました。ドイツ連邦共和国軍(西ドイツ軍)がMP2として採用したのやローデシア軍で使用されたのが有名でしょうか。また、イスラエル以外にベルギーのFN社や南アフリカ共和国でも生産されました。
さて、アメリカでUZIというと、シークレットサービスでの使用が有名です。SWATを含むアメリカの警察でも使用されました。しかし、米軍での使用はあまりピンと来ない人が多いかと思います。スウェーディッシュK(スウェーデンのカールグスタフM45B)やMP5などと違って、確かにUZIは大規模には米軍で使用されなかったようです。しかし、それでも使用例はあります。
この2枚の写真はベトナム戦争中の写真で、どちらもグリーンベレーのようです。このようにベトナム戦争中には米軍特殊部隊でUZIが使われていました。ベトナム戦争で米軍が使ったUZIはFN社製とも言われていますが、詳細は不明です。また、サプレッサーを装着したUZIも使われたと言われています。ただ、いずれにせよ、スウェーディッシュKやグリースガンなどと比べるとUZIの使用例が圧倒的に少なかったのは確かです。
また、どういう経緯でウージーが使用されているのかは不明ですが、南ベトナム軍での使用も確認できます。

テト攻勢後の写真で、ベトコンのグエン・ヴァン・レムを連行中の写真です。グエン・ヴァン・レムがこの後処刑されるのは大変有名ですが、彼を連行する南ベトナム兵の1人がウージーを持っています。なお、そのウージーを持った兵士はローカルメイドのマガジンポーチを使っていますし、右端の兵士は中国製の51式拳銃もしくは54式拳銃(トカレフTT-33の中国版)用と思われるホルスターを装着しており、大変興味深い写真です。
さて、ベトナム戦争後もウージーは米軍で使用され続けたようです。


ベトナム戦争中の写真にも見えますが、この2枚の写真は1980年頃に撮影された第7特殊部隊群の写真です。第7特殊部隊群は中南米地域での活動を担当した部隊で、1980年代にはエルサルバドルやホンジュラスなどで軍事顧問として同国軍を訓練していました。当時コロンビアやニカラグアといった中南米の多くの国でウージーは使われていたので、中南米で活動する第7特殊部隊群としてはウージーの扱いに慣れておく必要があったのかと思います。
今後の更新では今回のような感じで当時の写真を使って銃の使用例を紹介していったりもしようと思います。軍装品を語る上で銃は切っても切れない関係ですから。最後にウージーの基本スペックを書いておきます。
全長:470mm(ストック展開時650mm)
銃身長:260mm
重量:3570g
ライフリング:4条右回り
使用弾薬:9mm×19mm
マガジン装弾数:20発、25発、32発、40発、50発
作動方式:シンプル・ブローバック方式
発射速度:650発/分
銃口初速:400m/秒
有効射程:200m
2009年12月13日
米軍T54-4テストサンプルブッシュジャケット
こんばんは。ビッキー池田です。前回のT53-1ジャケットに続いて、今回は試作品のT54-4ジャケットについて紹介します。
詳細は不明ですが、このT54-4もT53-1と同様に1952年から1955年にかけて米陸軍が試作した熱帯用戦闘服の1つだと思います。

生地はコットンサテンですが、スタイルとしてはT53-1とほぼ同型です。

背中のベルトループの数がT53-1より多いですが、おそらく自分のT53-1のベルトループが1つ欠損しているだけかと思います。

襟のところのサイズラベルとストラップです。

T53-1ではラベルが襟のところの1枚だけでしたが、T54-4では裾にもラベルが付いています。写真のとおりT54‐2と本来は書かれていたのをT54-4と直していますが、モデル名が変わったのかミスプリントを直したのかは不明です。そして、ベルトやドローコードについての記述があります。

裾のドローコード穴です。ドローコード自体は欠損しています。T53-1ではドローコード穴の近くに小さなストラップがありましたが、T54-4にはそれがありません。

また、T53-1(写真上側)とはボタンの色が違います。
T53-1、T54-4ともにドローコードとベルトが欠損していましたが、欠損していたのは試験中に不要と判断されて取り除かれたからかもしれません。ドローコードとベルトが残った完璧な状態のものも欲しいですが、おそらく無理かと思います・・・。
こちらの記事も参考にどうぞ。
米軍T53-1テストサンプルライトウェイトジャケット
米軍ライトウェイトジャケット&トラウザーズ
詳細は不明ですが、このT54-4もT53-1と同様に1952年から1955年にかけて米陸軍が試作した熱帯用戦闘服の1つだと思います。
生地はコットンサテンですが、スタイルとしてはT53-1とほぼ同型です。
背中のベルトループの数がT53-1より多いですが、おそらく自分のT53-1のベルトループが1つ欠損しているだけかと思います。
襟のところのサイズラベルとストラップです。
T53-1ではラベルが襟のところの1枚だけでしたが、T54-4では裾にもラベルが付いています。写真のとおりT54‐2と本来は書かれていたのをT54-4と直していますが、モデル名が変わったのかミスプリントを直したのかは不明です。そして、ベルトやドローコードについての記述があります。
裾のドローコード穴です。ドローコード自体は欠損しています。T53-1ではドローコード穴の近くに小さなストラップがありましたが、T54-4にはそれがありません。
また、T53-1(写真上側)とはボタンの色が違います。
T53-1、T54-4ともにドローコードとベルトが欠損していましたが、欠損していたのは試験中に不要と判断されて取り除かれたからかもしれません。ドローコードとベルトが残った完璧な状態のものも欲しいですが、おそらく無理かと思います・・・。
こちらの記事も参考にどうぞ。
米軍T53-1テストサンプルライトウェイトジャケット
米軍ライトウェイトジャケット&トラウザーズ
2009年12月03日
米軍T53-1テストサンプルライトウェイトジャケット
こんばんは。ビッキー池田です。今回は試作品のT53-1ジャケットを紹介します。
1952年から1955年にかけて米陸軍は熱帯用や砂漠用の戦闘服を開発しました。詳しいことは不明ですが、このときに何種類かのテストサンプル品が作られました。このT53-1ライトウェイトジャケットはその中の1つと思われます。


肩エポレットやポケットの形状や袖の作りなどから、M51フィールドジャケットを参考にしたデザインと思われます。WWII末に採用されたライトウェイトジャケットは2ポケットタイプでポケットが足りなかったため、このデザインをとったのではないでしょうか。ジャングルファティーグやWWII末期採用のライトウェイトジャケットなどと同様に生地はコットンポプリン生地です。

襟のところのラベルとストラップです。このようにサイズの方式もM51フィールドジャケットと類似しています。

裾部分の内側のところに穴とストラップがあります。ストラップの用途は不明ですが、穴はドローコード穴のようです。

本来はM42エアボーンジャケットのようにベルトがあったようで、背中側にはベルトループがついています。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍T54-4テストサンプルブッシュジャケット
米軍ライトウェイトジャケット&トラウザーズ
1952年から1955年にかけて米陸軍は熱帯用や砂漠用の戦闘服を開発しました。詳しいことは不明ですが、このときに何種類かのテストサンプル品が作られました。このT53-1ライトウェイトジャケットはその中の1つと思われます。
肩エポレットやポケットの形状や袖の作りなどから、M51フィールドジャケットを参考にしたデザインと思われます。WWII末に採用されたライトウェイトジャケットは2ポケットタイプでポケットが足りなかったため、このデザインをとったのではないでしょうか。ジャングルファティーグやWWII末期採用のライトウェイトジャケットなどと同様に生地はコットンポプリン生地です。
襟のところのラベルとストラップです。このようにサイズの方式もM51フィールドジャケットと類似しています。
裾部分の内側のところに穴とストラップがあります。ストラップの用途は不明ですが、穴はドローコード穴のようです。
本来はM42エアボーンジャケットのようにベルトがあったようで、背中側にはベルトループがついています。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍T54-4テストサンプルブッシュジャケット
米軍ライトウェイトジャケット&トラウザーズ
2009年11月24日
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その1
こんばんは。ビッキー池田です。今回は民生品もしくはローカルメイドと思われるダックハンター迷彩のM-65フィールドジャケットを紹介します。
リーフパターンのM-65フィールドジャケットは官給品で存在しませんでしたが、(官給品が存在したという話もありますが、現物を見たことがありません)70年代頃に民生品で作られた人気の高いアイテムです。現在ではタイガーストライプパターンやスモーキーブランチパターンのM-65が生産されています。これらと同じように60年代から70年代頃にはダックハンター迷彩のM-65フィールドジャケットが作られていたようです。


アルミジッパーが使われており、服の作りとしては完全に2ndタイプのM65フィールドジャケットです。また、迷彩パターンと彩色はKAMO社のダックハンターのコピーと思われます。

メーカーは不明です。これとはまったく違うタイプのラベルがついたダックハンター迷彩のM65も見たことがあるので、おそらく複数のメーカーでダックハンター迷彩のM65は生産されていたのだと思われます。また、このM65の裏地はODのリップストップ生地です。
ダックハンターのフィールドジャケットは他にブラスジッパー使用のものや違う迷彩パターンのもの、更にはM51型のものを見たことがあります。これらのタイプのものについても入手予定です。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ドレスシャツ型のダックハンタージャケット
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
ウッドランドのM65フィールドジャケット
リーフパターンのM-65フィールドジャケットは官給品で存在しませんでしたが、(官給品が存在したという話もありますが、現物を見たことがありません)70年代頃に民生品で作られた人気の高いアイテムです。現在ではタイガーストライプパターンやスモーキーブランチパターンのM-65が生産されています。これらと同じように60年代から70年代頃にはダックハンター迷彩のM-65フィールドジャケットが作られていたようです。
アルミジッパーが使われており、服の作りとしては完全に2ndタイプのM65フィールドジャケットです。また、迷彩パターンと彩色はKAMO社のダックハンターのコピーと思われます。
メーカーは不明です。これとはまったく違うタイプのラベルがついたダックハンター迷彩のM65も見たことがあるので、おそらく複数のメーカーでダックハンター迷彩のM65は生産されていたのだと思われます。また、このM65の裏地はODのリップストップ生地です。
ダックハンターのフィールドジャケットは他にブラスジッパー使用のものや違う迷彩パターンのもの、更にはM51型のものを見たことがあります。これらのタイプのものについても入手予定です。
以下の記事も参考にどうぞ。
ダックハンターの迷彩パターン考察
ダックハンターパターンのM65フィールドジャケット その2
ダックハンタージャケット使用のスーベニアジャケット
ドレスシャツ型のダックハンタージャケット
韓国軍海兵隊のダックハンター迷彩ジャケット
ダックハンターパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
ウッドランドのM65フィールドジャケット
2009年11月19日
米軍OPFOR(仮想敵部隊)の階級章(80年代以降)
おはようございます。ビッキー池田です。今回はOPFORの徽章について少し判明したので、それを紹介しようと思います。

過去2回に渡ってOPFORで使用されたジャケットを紹介しましたが、今回OPFORの階級章について詳しいことが分かったので、紹介します。

12種類の階級章が存在するようです。日本語にするなら、二等兵、一等兵(Corporalは伍長と訳すのが普通ですが)、伍長、軍曹、曹長、上級曹長、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐という感じでしょうか。

過去に紹介したこのPROPPER製BDU(バトルドレスユニフォーム)ジャケットの階級章はJunior Sergent(伍長)のものです。

また、こちらのグリーン483BDUジャケットの階級章はMajor(少佐)のものです。
この他にも兵科章などOPFORの徽章については分からないことが多いので、今後とも調査を続けていきたいと思います。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍OPFOR(仮想敵部隊)用ヘルメット
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その1
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その2

過去2回に渡ってOPFORで使用されたジャケットを紹介しましたが、今回OPFORの階級章について詳しいことが分かったので、紹介します。

12種類の階級章が存在するようです。日本語にするなら、二等兵、一等兵(Corporalは伍長と訳すのが普通ですが)、伍長、軍曹、曹長、上級曹長、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐という感じでしょうか。
過去に紹介したこのPROPPER製BDU(バトルドレスユニフォーム)ジャケットの階級章はJunior Sergent(伍長)のものです。
また、こちらのグリーン483BDUジャケットの階級章はMajor(少佐)のものです。
この他にも兵科章などOPFORの徽章については分からないことが多いので、今後とも調査を続けていきたいと思います。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍OPFOR(仮想敵部隊)用ヘルメット
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その1
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その2
2009年11月12日
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その2
こんばんは。ビッキー池田です。今回はOPFORで使用されたBDUジャケットを2着紹介します。

PROPPER社の民生品BDU(バトルドレスユニフォーム)を使用しています。このようにOPFORでは民生品のODカラーBDUを使用することもありました。生地はコットン100%のリップストップです。また、BDU自体の作りとしてはウェスト調整ストラップが無くて、袖のボタンタブが短いウッドランドBDUで言うところの後期型タイプとなっています。

襟部分のラベルです。素材やサイズ、生産国についての情報が書かれています。ドミニカ共和国で生産されたようです。また、左の方にはPROPPER社のロゴのラベルの切れ端が付いています。

裾部分のラベルです。PII100-98-C-9600とコントラクトNoのようなものが書かれていますが、98年製かどうかは分かりません。

袖のSSIは第35歩兵師団のものです。肩の階級章はOPFORのJunior Sergent(米陸軍の伍長にあたる階級と思われます)のものとなります。襟の兵科章は北朝鮮陸軍の全兵科共通兵科章に似ています。肩の階級章も北朝鮮の下士(伍長に当たる階級と思われます)もしくはソ連軍の伍長兵科章にも似ています。
もう1着もPROPPER社製のODカラーBDUです。

こちらもPROPPER社のロゴのラベルは切りとられていましたが、PROPPER社のロゴラベルが付いた状態で放出されたものも見たことがあります。また、こちらのジャケットも上で紹介したBDUとラベルの内容はほぼ同じで、BDU自体の作りもウッドランドBDUで言うところの後期型タイプでした。

こちらも第35歩兵師団のものです。階級章なども先に紹介にしたものとほぼ同じ配置ですが、兵科章が米陸軍の普通の通信科兵科章のようです。
なお、自分のコレクションにはありませんが、OPFORでは黒のBDUも使用されることがあったようです。

稀にコントラクトNoなどが入った米軍官給品のブラックBDUを見ることがありますが、それがOPFOR用と思われます。民生品のブラックBDUを使うこともあるかもしれません。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍OPFOR(仮想敵部隊)用ヘルメット
米軍ウッドランドBDUジャケットのバリエーション
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その1
米軍OPFORの階級章(80年代以降)
PROPPER社の民生品BDU(バトルドレスユニフォーム)を使用しています。このようにOPFORでは民生品のODカラーBDUを使用することもありました。生地はコットン100%のリップストップです。また、BDU自体の作りとしてはウェスト調整ストラップが無くて、袖のボタンタブが短いウッドランドBDUで言うところの後期型タイプとなっています。
襟部分のラベルです。素材やサイズ、生産国についての情報が書かれています。ドミニカ共和国で生産されたようです。また、左の方にはPROPPER社のロゴのラベルの切れ端が付いています。
裾部分のラベルです。PII100-98-C-9600とコントラクトNoのようなものが書かれていますが、98年製かどうかは分かりません。
袖のSSIは第35歩兵師団のものです。肩の階級章はOPFORのJunior Sergent(米陸軍の伍長にあたる階級と思われます)のものとなります。襟の兵科章は北朝鮮陸軍の全兵科共通兵科章に似ています。肩の階級章も北朝鮮の下士(伍長に当たる階級と思われます)もしくはソ連軍の伍長兵科章にも似ています。
もう1着もPROPPER社製のODカラーBDUです。
こちらもPROPPER社のロゴのラベルは切りとられていましたが、PROPPER社のロゴラベルが付いた状態で放出されたものも見たことがあります。また、こちらのジャケットも上で紹介したBDUとラベルの内容はほぼ同じで、BDU自体の作りもウッドランドBDUで言うところの後期型タイプでした。
こちらも第35歩兵師団のものです。階級章なども先に紹介にしたものとほぼ同じ配置ですが、兵科章が米陸軍の普通の通信科兵科章のようです。
なお、自分のコレクションにはありませんが、OPFORでは黒のBDUも使用されることがあったようです。

稀にコントラクトNoなどが入った米軍官給品のブラックBDUを見ることがありますが、それがOPFOR用と思われます。民生品のブラックBDUを使うこともあるかもしれません。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍OPFOR(仮想敵部隊)用ヘルメット
米軍ウッドランドBDUジャケットのバリエーション
米軍OPFOR(仮想敵部隊)使用BDU(80年代以降)その1
米軍OPFORの階級章(80年代以降)
2009年11月03日
米軍ERDLグリーンリーフジャケット改造品
こんばんは。ビッキー池田です。今回は米軍のERDL型リーフジャケットのカスタム品を2着紹介します。
ベトナム戦争で使用されたジャングルファティーグやユーティリティシャツには袖を短くしたり、ポケットの配置を変更したり、ポケットを増設したりといった改造が施されたものが多くあります。1967年に採用されたいわゆるリーフパターン迷彩のERDL(Engineer Research and Development Laboratory)戦闘服も支給が始まると、やはり同様の改造が行われました。

この写真ではERDL型リーフ迷彩ジャケットの裾ポケットを袖に移植して、ジャケットの裾をトラウザーズに入れてもポケットが全て使えるように改造しているようです。STABOハーネスを使用する際、ジャケットの裾をトラウザーズに入れて裾ポケットが使えなくなるので、特殊部隊では同様のジャングルファティーグやリーフジャケットのポケットの配置変更がよく見られました。
なお、この写真のリーフ迷彩ジャケットの右胸には「O POSITIVE」と血液型が刺繍されているようです。左胸の刺繍は詳細不明ですが、彼が所属するリコンチームの名前ではないでしょうか。また、彼のベースボールキャップにはサブデュードの金属製襟用伍長階級章とカラーの金属製ベーシック降下章が取り付けられているようです。

こちらの写真右のサンハット(ブッシュハット?)を被った人のリーフジャケットは袖を7分袖くらいの長さに改造しているようです。ARMY章、第9歩兵師団SSI、一等兵袖用階級章が縫い付けられているようです。ポケットパッチはおそらく第16歩兵連隊第1大隊か第60歩兵連隊第5大隊のものかと思いますが、知識不足で分かりません。左端の人がベレーを被っているので、レンジャー部隊かもしれませんが、第9歩兵師団ではレンジャー以外で紫色や黒色のベレーが使用されることがありましたし、右の人のポケットパッチのことがあるので、おそらく違うと思います。
さて、ここで自分のコレクションのカスタム品リーフジャケットを1着紹介します。生地はリップストップ生地のものです。

肩エポレットと左袖のポケットが追加されており、裾を上げてあります。裾を上げるために1度裾ポケットは取り外され、裾を上げた後で縫い付けられたようです。

肩エポレットと徽章跡です。右胸にネームテープとスキルパッチの跡が、左胸にもスキルパッチの跡が1つあります。両胸にスキルパッチの跡があるので、特殊部隊や軍事顧問の使用品の可能性が高いです。また、南ベトナム軍や韓国軍の使用品の可能性もあります。

左袖のポケットです。ブラス製ジッパーで開閉するタイプで、ポケット上には3つのペン刺しが付いています。

裾を上げた関係で裾のラベルがかなり隠れてしまっています。辛うじてコントラクトNoは判読でき、DSA100-69-C-1722となっています。
また、ポケットの増設の例ですが、袖へのポケット増設以外にジャケット側面部分への小型ポケットの増設を1度見たことがあります。しかし、袖以外へのポケット増設で有名なのはやはりいわゆるフランス軍式ポケットではないでしょうか。

少々分かりにくいですが、左の少佐の右胸ポケットのすぐ近くにジッパーが見えるのが分かりますか?胸ポケットと重なる感じで服の内側にジッパー式のポケットが付いています。これはアルジェリア戦争やインドシナ戦争で使われたフランス軍空挺部隊のジャケットについていた同様のポケットを参考にしたもので、南ベトナム軍の将兵や南ベトナム軍に派遣された軍事顧問で時々見られる改造です。この空挺部隊の軍事顧問(U.S. AIRBORNE ADVISOR, TEAM 162)は南ベトナム軍のパステルリーフパターンのM59型ジャケットを使用しています。

白黒写真なので定かではありませんが、右から2番目の人がグリーンリーフパターンのM59型ジャケットにジッパー式のポケットを増設しているようです。このようにフランス軍式のジッパー式ポケットの増設はM59型のジャケットに多く見られます。

このように米軍のERDL型のリーフ迷彩ジャケットでも同様の改造がされていることがあります。この写真は1971年から1972年の間に撮影されたものです。なお、同様の仏式ポケットの増設は他に南ベトナム軍のブラッシュパターンのジャケット、2ndタイプのM65フィールドジャケット、Tedpole sparseパターン(シルバータイガー)のタイガーストライプジャケットで確認しました。
さて、自分のコレクションはERDL型のグリーンリーフパターンジャケットにフランス式のポケットを追加したものです。生地はリップストップ生地のものになります。

半袖に改造されていますが、袖は切りっぱなしではなく、切った部分を折り返して縫ってあります。

ジッパー式ポケットのジッパーはYKK製の黒いプラジッパーです。

左胸側の仏式ポケットをジャケットの内側から撮った写真です。このように通常の胸ポケットとは別のポケットが内側についているというのが良く分かります。どうやらグリーンリーフの生地が足りなかったようで、リップストップのOD生地(やはりジャングルファティーグのものだと思います)が多く使われています。

右胸側の仏式ポケットです。こっちは一見グリーンリーフ生地だけで作られているようですが、端の方を見れば分かるようにリップストップのOD生地も使われています。このように服の改造やリペアにはその服とは違う生地が使われることが時折あるのです。

メロウエッジでサブデュードのMACV SSI以外は全てローカルメイドです。ネームテープはリップストップのOD生地に、ARMY章、二等軍曹の襟用階級章、CIBはリップストップのグリーンリーフ生地にそれぞれ刺繍をしたものになります。テームテープとそれ以外で刺繍の感じが大きく違うので、ネームテープだけ当時別ルートで入手したものかもしれません。なお、このジャケットのコントラクトナンバーはDSA100-69-C-2661となっています。
以下の記事も参考にどうぞ。
リーフパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
ベトナム戦争で使用されたジャングルファティーグやユーティリティシャツには袖を短くしたり、ポケットの配置を変更したり、ポケットを増設したりといった改造が施されたものが多くあります。1967年に採用されたいわゆるリーフパターン迷彩のERDL(Engineer Research and Development Laboratory)戦闘服も支給が始まると、やはり同様の改造が行われました。

この写真ではERDL型リーフ迷彩ジャケットの裾ポケットを袖に移植して、ジャケットの裾をトラウザーズに入れてもポケットが全て使えるように改造しているようです。STABOハーネスを使用する際、ジャケットの裾をトラウザーズに入れて裾ポケットが使えなくなるので、特殊部隊では同様のジャングルファティーグやリーフジャケットのポケットの配置変更がよく見られました。
なお、この写真のリーフ迷彩ジャケットの右胸には「O POSITIVE」と血液型が刺繍されているようです。左胸の刺繍は詳細不明ですが、彼が所属するリコンチームの名前ではないでしょうか。また、彼のベースボールキャップにはサブデュードの金属製襟用伍長階級章とカラーの金属製ベーシック降下章が取り付けられているようです。

こちらの写真右のサンハット(ブッシュハット?)を被った人のリーフジャケットは袖を7分袖くらいの長さに改造しているようです。ARMY章、第9歩兵師団SSI、一等兵袖用階級章が縫い付けられているようです。ポケットパッチはおそらく第16歩兵連隊第1大隊か第60歩兵連隊第5大隊のものかと思いますが、知識不足で分かりません。左端の人がベレーを被っているので、レンジャー部隊かもしれませんが、第9歩兵師団ではレンジャー以外で紫色や黒色のベレーが使用されることがありましたし、右の人のポケットパッチのことがあるので、おそらく違うと思います。
さて、ここで自分のコレクションのカスタム品リーフジャケットを1着紹介します。生地はリップストップ生地のものです。
肩エポレットと左袖のポケットが追加されており、裾を上げてあります。裾を上げるために1度裾ポケットは取り外され、裾を上げた後で縫い付けられたようです。
肩エポレットと徽章跡です。右胸にネームテープとスキルパッチの跡が、左胸にもスキルパッチの跡が1つあります。両胸にスキルパッチの跡があるので、特殊部隊や軍事顧問の使用品の可能性が高いです。また、南ベトナム軍や韓国軍の使用品の可能性もあります。
左袖のポケットです。ブラス製ジッパーで開閉するタイプで、ポケット上には3つのペン刺しが付いています。
裾を上げた関係で裾のラベルがかなり隠れてしまっています。辛うじてコントラクトNoは判読でき、DSA100-69-C-1722となっています。
また、ポケットの増設の例ですが、袖へのポケット増設以外にジャケット側面部分への小型ポケットの増設を1度見たことがあります。しかし、袖以外へのポケット増設で有名なのはやはりいわゆるフランス軍式ポケットではないでしょうか。

少々分かりにくいですが、左の少佐の右胸ポケットのすぐ近くにジッパーが見えるのが分かりますか?胸ポケットと重なる感じで服の内側にジッパー式のポケットが付いています。これはアルジェリア戦争やインドシナ戦争で使われたフランス軍空挺部隊のジャケットについていた同様のポケットを参考にしたもので、南ベトナム軍の将兵や南ベトナム軍に派遣された軍事顧問で時々見られる改造です。この空挺部隊の軍事顧問(U.S. AIRBORNE ADVISOR, TEAM 162)は南ベトナム軍のパステルリーフパターンのM59型ジャケットを使用しています。

白黒写真なので定かではありませんが、右から2番目の人がグリーンリーフパターンのM59型ジャケットにジッパー式のポケットを増設しているようです。このようにフランス軍式のジッパー式ポケットの増設はM59型のジャケットに多く見られます。

このように米軍のERDL型のリーフ迷彩ジャケットでも同様の改造がされていることがあります。この写真は1971年から1972年の間に撮影されたものです。なお、同様の仏式ポケットの増設は他に南ベトナム軍のブラッシュパターンのジャケット、2ndタイプのM65フィールドジャケット、Tedpole sparseパターン(シルバータイガー)のタイガーストライプジャケットで確認しました。
さて、自分のコレクションはERDL型のグリーンリーフパターンジャケットにフランス式のポケットを追加したものです。生地はリップストップ生地のものになります。
半袖に改造されていますが、袖は切りっぱなしではなく、切った部分を折り返して縫ってあります。
ジッパー式ポケットのジッパーはYKK製の黒いプラジッパーです。
左胸側の仏式ポケットをジャケットの内側から撮った写真です。このように通常の胸ポケットとは別のポケットが内側についているというのが良く分かります。どうやらグリーンリーフの生地が足りなかったようで、リップストップのOD生地(やはりジャングルファティーグのものだと思います)が多く使われています。
右胸側の仏式ポケットです。こっちは一見グリーンリーフ生地だけで作られているようですが、端の方を見れば分かるようにリップストップのOD生地も使われています。このように服の改造やリペアにはその服とは違う生地が使われることが時折あるのです。
メロウエッジでサブデュードのMACV SSI以外は全てローカルメイドです。ネームテープはリップストップのOD生地に、ARMY章、二等軍曹の襟用階級章、CIBはリップストップのグリーンリーフ生地にそれぞれ刺繍をしたものになります。テームテープとそれ以外で刺繍の感じが大きく違うので、ネームテープだけ当時別ルートで入手したものかもしれません。なお、このジャケットのコントラクトナンバーはDSA100-69-C-2661となっています。
以下の記事も参考にどうぞ。
リーフパターンの帽子(ローカルメイド、民生品等)
2009年10月24日
米軍ウッドランドBDUジャケットのバリエーション
こんばんは。ビッキー池田です。今回はウッドランドBDU(バトルドレスユニフォーム)のバリエーションについて紹介しようと思います。ただし、100%コットンか50%ナイロン50%コットンなどという時期による生地の違いは研究中なので、今回紹介するのは服のデザインのバリエーションです。
ウッドランドBDUは1981年(1980年?)に採用された戦闘服で、それ以前に採用されていたERDLリーフやLC-1リーフを参考に開発された戦闘服です。それまで亜熱帯や熱帯で使用されていたリーフと温帯や寒冷地で使用されていたユーティリティ、特にユーティリティを更新する目的で作られたものと思われます。

1983年のグレナダ侵攻がウッドランドBDU初の実戦投入のようです。このときはジャングルファティーグやリーフパターンを使用していた部隊も多かったです。

実戦投入というのは不適切かと思いますが、1982年から1984年にかけてレバノンに多国籍軍の一員として駐留した海兵隊でもリーフパターンと共に使われていました。
熱帯・亜熱帯向けのリップストップ生地のウッドランドBDUの生産が始まったのは1984年頃からなので、80年代中期まで熱帯・亜熱帯ではウッドランドBDUと共にジャングルファティーグやリーフが使用され、リーフについては一部90年代初期まで使用されました。

その後、パナマ侵攻、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、フィリピンや中南米での反政府運動への介入において米軍はウッドランドBDUを使用し、2000年代中期までは州兵で現役だったようです。また、米軍以外にも多くの国でウッドランドBDUは使用され、一部の国ではいまだに使われ続けています。
さて、以上のように長い間米軍で使われてきたウッドランドBDUですが、ジャケットを初期型、中期型、後期型の3種類に分けることが出来ます。まずは1981年から1984年頃まで生産された初期型です。


初期型の特徴は中期型以降より大きな襟、中期型以降より少し小さい胸ポケット、胸ポケットのマチが内側(前あわせ側)の3点です。この大きな襟はエルビスカラーとも呼ばれています。このジャケットの胸ポケットには海兵隊のマークが入っており、海兵隊で使用されていたものです。なお、このジャケットのコントラクトNoはDLA100-83-C-0603で、生地は50%コットン50%ナイロンになっています。

中期型(写真下側)のポケットとのサイズ比較です。

中期型(写真下側)の襟とのサイズ比較です。
もう1点初期型に特徴がありました。中期型(写真右側)と比べて、袖のボタンタブが小型になっています。

なお、背中側にウェスト調整用ストラップがあるものを初期型、ないものを後期型と分類する方式がよく知られていますが、それは正しくありません。自分があげた写真を見て分かるように、初期型にはウェスト調整用ストラップが無いのです。
続いて、1984年頃から1995年頃まで生産された中期型です。この中期型からノンリップ生地とリップストップ生地の2種類のバリエーションが登場しました。ノンリップ生地のものは温帯や寒冷地向けでリップストップ生地のものは熱帯や亜熱帯向けです。なお、中期型の中で袖のボタンタブのタイプが違うものが存在するのですが、時期による違いかどうかは不明です。おそらくノンリップ生地のものかリップストップ生地のものかで袖のボタンタブが違うのだと思いますが、よく分かりません。


中期型以降は襟が小さくなり、胸ポケットが少し大きくなり、胸ポケットのマチが外側(袖側)についています。中期型独特の特徴は背中側のウェスト調整用ストラップです。

ちなみにこのジャケットの胸ポケットについているパッチは陸軍リクルーター章なので、広報官の使用品と思われます。その他にシニアのエアクルー章、コットン製ARMY章、先任曹長階級章、第10山岳歩兵師団SSIがついています。全て徽章類は官給品です。また、このジャケットのコントラクトNoはDLA100-86-C-0629となっています。生地は50%ナイロン50%コットンです。
最後に後期型です。


後期型では背中側のウェスト調整用ストラップがなくなっています。その他の特徴は中期型と同じです。なお、このジャケットにはグリーンベレーのSSIとスペシャルフォースタブ、レンジャータブ、ARMY章、大尉階級章、特殊部隊兵科章が付いています。降下章などのスキルパッチはもともと付いていなかったようです。全てパッチ類は官給品と思われます。コントラクトNoはDLA100-90-C-0391となっています。生地は50%ナイロン50%コットンのリップストップ生地です。
もう1点中期型と後期型の違いがありました。中期型(写真左側)と比べて後期型は袖のボタンタブが短く、袖の折り返し部分が広く縫われています。

ウッドランドBDUは以上のように服の作りで3タイプに分けられますが、最初に書いたように生地の素材の違いのバリエーションもあり、ラベルのタイプにもバリエーションがあります。これについても研究中ですので、いずれ紹介予定です。
赤字で追加した部分はアカトラさんのご協力で判明した特徴です。ご協力ありがとうございました。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍ウッドランドパターンM65フィールドジャケット
ウッドランドBDUは1981年(1980年?)に採用された戦闘服で、それ以前に採用されていたERDLリーフやLC-1リーフを参考に開発された戦闘服です。それまで亜熱帯や熱帯で使用されていたリーフと温帯や寒冷地で使用されていたユーティリティ、特にユーティリティを更新する目的で作られたものと思われます。

1983年のグレナダ侵攻がウッドランドBDU初の実戦投入のようです。このときはジャングルファティーグやリーフパターンを使用していた部隊も多かったです。

実戦投入というのは不適切かと思いますが、1982年から1984年にかけてレバノンに多国籍軍の一員として駐留した海兵隊でもリーフパターンと共に使われていました。
熱帯・亜熱帯向けのリップストップ生地のウッドランドBDUの生産が始まったのは1984年頃からなので、80年代中期まで熱帯・亜熱帯ではウッドランドBDUと共にジャングルファティーグやリーフが使用され、リーフについては一部90年代初期まで使用されました。

その後、パナマ侵攻、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争、フィリピンや中南米での反政府運動への介入において米軍はウッドランドBDUを使用し、2000年代中期までは州兵で現役だったようです。また、米軍以外にも多くの国でウッドランドBDUは使用され、一部の国ではいまだに使われ続けています。
さて、以上のように長い間米軍で使われてきたウッドランドBDUですが、ジャケットを初期型、中期型、後期型の3種類に分けることが出来ます。まずは1981年から1984年頃まで生産された初期型です。
初期型の特徴は中期型以降より大きな襟、中期型以降より少し小さい胸ポケット、胸ポケットのマチが内側(前あわせ側)の3点です。この大きな襟はエルビスカラーとも呼ばれています。このジャケットの胸ポケットには海兵隊のマークが入っており、海兵隊で使用されていたものです。なお、このジャケットのコントラクトNoはDLA100-83-C-0603で、生地は50%コットン50%ナイロンになっています。
中期型(写真下側)のポケットとのサイズ比較です。
中期型(写真下側)の襟とのサイズ比較です。
もう1点初期型に特徴がありました。中期型(写真右側)と比べて、袖のボタンタブが小型になっています。
なお、背中側にウェスト調整用ストラップがあるものを初期型、ないものを後期型と分類する方式がよく知られていますが、それは正しくありません。自分があげた写真を見て分かるように、初期型にはウェスト調整用ストラップが無いのです。
続いて、1984年頃から1995年頃まで生産された中期型です。この中期型からノンリップ生地とリップストップ生地の2種類のバリエーションが登場しました。ノンリップ生地のものは温帯や寒冷地向けでリップストップ生地のものは熱帯や亜熱帯向けです。なお、中期型の中で袖のボタンタブのタイプが違うものが存在するのですが、時期による違いかどうかは不明です。おそらくノンリップ生地のものかリップストップ生地のものかで袖のボタンタブが違うのだと思いますが、よく分かりません。
中期型以降は襟が小さくなり、胸ポケットが少し大きくなり、胸ポケットのマチが外側(袖側)についています。中期型独特の特徴は背中側のウェスト調整用ストラップです。
ちなみにこのジャケットの胸ポケットについているパッチは陸軍リクルーター章なので、広報官の使用品と思われます。その他にシニアのエアクルー章、コットン製ARMY章、先任曹長階級章、第10山岳歩兵師団SSIがついています。全て徽章類は官給品です。また、このジャケットのコントラクトNoはDLA100-86-C-0629となっています。生地は50%ナイロン50%コットンです。
最後に後期型です。
後期型では背中側のウェスト調整用ストラップがなくなっています。
もう1点中期型と後期型の違いがありました。中期型(写真左側)と比べて後期型は袖のボタンタブが短く、袖の折り返し部分が広く縫われています。
ウッドランドBDUは以上のように服の作りで3タイプに分けられますが、最初に書いたように生地の素材の違いのバリエーションもあり、ラベルのタイプにもバリエーションがあります。これについても研究中ですので、いずれ紹介予定です。
赤字で追加した部分はアカトラさんのご協力で判明した特徴です。ご協力ありがとうございました。
以下の記事も参考にどうぞ。
米軍ウッドランドパターンM65フィールドジャケット

